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八幡神社とは何の神様?祭神・正体・ご利益と八幡宮との違い|総本宮の宇佐神宮と三大八幡宮を公式の原文で確かめた

八幡神社とは何の神様?祭神・正体・ご利益と八幡宮との違い

先に結論だけ

八幡神社は、八幡神(八幡大神=応神天皇、比売大神・神功皇后)を祀る神社です。総本宮は大分県の宇佐神宮で、宇佐神宮は自らを「全国に4万社あまりある八幡様の総本宮」と書いています。神社本庁も八幡さまの祭神を「応神天皇(第15代天皇)、神功皇后、比売神」と挙げています。

八幡神は『古事記』『日本書紀』に出てこない神で、正体には諸説があります。宇佐神宮の公式ページ自身が、8世紀の『豊前風土記』の「新羅の神」の記述に触れています。「八幡神社」と「八幡宮」は祀る神が同じで、呼び方の違いです。

当サイト(カンナビ)は2026年9月30日に「八幡神社」で検索し、上位の解説ページ10件のうち、社数の数え方の違いを説明したページと、正体の説を出典の種類で分けたページがどちらも0件だと確かめました。この記事では、宇佐神宮・石清水八幡宮・筥崎宮・鶴岡八幡宮・神社本庁の公式ページと辞典の原文を並べて答えます。

この記事でわかること

  • 祭神と正体: 八幡神とは誰か、社ごとに違う三柱の顔ぶれと、記紀に出ない神の起源の諸説です。
  • なぜ多いのか: 7,817社から4万社あまりまで、数え方で割れる八幡神社の数です。
  • 八幡宮との違い: 神社本庁が書く「宮」の使い方と、書いていないことです。
  • 三大八幡宮・鳩・京都と東京: 各社が自分で名乗っていることと、公式のお守りを並べました。
目次

八幡神社とは|八幡神を祀る神社で、総本宮は宇佐神宮

八幡神社は八幡神を祀る神社で、総本宮は大分県宇佐市の宇佐神宮、八幡さまの愛称で呼ばれます。

八幡神は、奈良時代に都の東大寺の大仏造立を助け、平安時代に京都の男山(石清水八幡宮)へ迎えられ、鎌倉の鶴岡八幡宮を経て源氏の氏神として各地に祀られていきました。下の図は、総本宮から各地へ広がった流れを、各社の公式ページと辞典の年で並べたものです。

八幡信仰の広がり(宇佐から都へ、都から鎌倉と各地へ) 総本宮 宇佐神宮(大分) 571年に示顕と伝え、725年に現在地 手向山八幡宮(奈良) 748年 東大寺が勧請(宇佐の年表) 石清水八幡宮(京都) 859年 行教が勧請・860年 鎮座 鶴岡八幡宮(鎌倉) 1063年 頼義・1180年 頼朝 各地の八幡神社 源氏の氏神として勧請 鶴岡八幡宮の1063年は辞典(精選版日本国語大辞典)、1180年は鶴岡八幡宮の由緒による (出典:宇佐神宮・石清水八幡宮・鶴岡八幡宮の公式ページ、改訂新版 世界大百科事典)

宇佐神宮と神社本庁の説明

宇佐神宮は八幡大神・比売大神・神功皇后の三柱を祀る総本宮で、神社本庁も同じ三柱を挙げています。

宇佐神宮のトップページの原文は「宇佐神宮は全国に4万社あまりある八幡様の総本宮です。八幡大神(応神天皇)・比売大神・神功皇后をご祭神にお祀りし、神亀2年に創建されました。」です(宇佐神宮)。神社本庁は、全国のおもな神さまの紹介で八幡さまを「応神天皇(第15代天皇)、神功皇后、比売神 通称:八幡さま (八幡神社・八幡宮)」とし、「大分県の宇佐神宮が起源とされ、ほぼ全国的に数多くの神社が鎮座します」と書いています(神社本庁「おもな神社と神さま」)。宇佐神宮は伊勢の神宮につぐ「第二の宗廟」と呼ばれ、勅祭社16社の一つです。

八幡さま・八幡宮・八幡社の呼び方と読み

八幡神を祀る神社は、八幡神社・八幡宮・八幡社のどれでも呼ばれ、親しみを込めて八幡さまとも言います。

デジタル大辞泉は「八幡宮」を「八幡神を祭神とする神社の総称」とし、読みを「はちまんぐう」、別に「やわたのみや」「やわたぐう」と載せています(コトバンク「八幡宮」)。「八幡」という字は神社では「はちまん」と読みますが、地名では北九州市の八幡(やはた)、京都府の八幡市(やわた)のように読みが変わります(コトバンク「八幡」)。

近くの八幡さまを探すには

近くの八幡神社は、地図で「八幡」と探すか、住んでいる土地の氏神を調べる方法で見つかります。

「八幡神社」で検索すると、解説ページより先に地図の近くの八幡さまが出ます。住まいの近くの神社は近くの神社を探すで探せます。自分の住む土地を守る氏神が八幡さまかどうかは、氏神の調べ方の手順で神社庁に問い合わせると確かめられます。

八幡神とは|八幡大神=応神天皇、比売大神・神功皇后と三柱で祀る

八幡神は応神天皇の神霊とされる八幡大神を中心に、比売大神と神功皇后を合わせた三柱で祀られる神です。

デジタル大辞泉は八幡神を「応神天皇を主座とし、左右に比売神、神功皇后を配して三座で一体とするが、左右二座には仲哀天皇、玉依姫命を置くなどの例もある」と説明しています(コトバンク「八幡神」)。精選版日本国語大辞典は「古来弓矢の神として武人の尊崇があつい」と添えています。

八幡大神と応神天皇

宇佐神宮は、八幡大神を第15代の応神天皇の御神霊とし、571年に宇佐の地に初めて現れたと伝えています。

宇佐神宮の由緒は「御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地にご示顕になったといわれます」と書き、725年(神亀2年)に今の場所へ御殿を造ったと続けます(宇佐神宮「由緒」)。ただし、改訂新版 世界大百科事典は、欽明朝のころに大神比義という人物が宇佐に入り、もともとの「ヤハタ神」に応神天皇の神格を近づけたようだと書いています(コトバンク「八幡信仰」)。八幡神と応神天皇が初めから同じだったとは言い切れません。

比売大神と神功皇后

宇佐神宮では、比売大神は八幡さまより前からの地主神で三柱の女神、神功皇后は応神天皇の母です。

宇佐神宮は、比売大神を「八幡さまが現われる以前の古い神、地主神」と説明し、733年に二之御殿が造られたと書いています。よくある質問では比売大神を「多岐津姫命、市杵嶋姫命、多紀理姫命」の三柱の女神と答えています(宇佐神宮「よくある質問」)。三之御殿は823年(弘仁14年)に建てられ、応神天皇の母の神功皇后を祀ります。

社ごとに違う祭神

八幡宮の祭神は三柱が多いものの顔ぶれは社ごとに違い、比売大神の代わりに玉依姫命や仲哀天皇を祀る社もあります。

各社の公式ページや観光案内から、主な八幡宮の祭神を並べました。

社祭神(各社の記述)出典
宇佐神宮(大分)八幡大神(応神天皇)・比売大神(三女神)・神功皇后宇佐神宮「由緒」「よくある質問」
石清水八幡宮(京都)応神天皇・比咩大神・神功皇后石清水八幡宮「石清水八幡宮について」
鶴岡八幡宮(鎌倉)応神天皇・神功皇后・比売神鶴岡八幡宮「八幡宮について」
筥崎宮(福岡)応神天皇(八幡大神)・神功皇后・玉依姫命筥崎宮「筥崎宮について」
若宮八幡宮(京都)仲哀天皇・応神天皇・神功皇后京都観光Navi「若宮八幡宮」
荻窪八幡神社(東京)応神天皇荻窪八幡神社「由緒」

同じ八幡さまでも、三柱をそろえる社、応神天皇だけを祀る社があります。参拝する社の祭神は、その社の由緒書きか公式ページで確かめてください。

八幡神の正体|記紀に出ない神で、起源は諸説

八幡神は『古事記』『日本書紀』に登場せず、史書に初めて名が出るのは737年の『続日本紀』です。

國學院大學の神道事典の解説によると、『続日本紀』の天平9年(737年)4月の記事に、新羅の無礼を告げるため伊勢神宮などと並んで「八幡二社」へ使いを出したとあります(國學院大學「八幡宮」)。神話の中に出てこないため、もとはどんな神だったかについて、昔から説が分かれてきました。

宇佐神宮が伝える571年の顕現

宇佐神宮は、571年に鍛冶の翁が三歳の子どもの姿に変わり、応神天皇だと名乗ったという伝えを載せています。

宇佐神宮は、鎌倉時代後半に神吽がまとめた『八幡宇佐宮御託宣集』から、鍛冶の翁が「三歳の小児と顕れ、竹葉に立ちて」「我は是れ日本の人皇第十六代誉田の天皇広幡八幡麿なり」と告げた話を紹介しています(宇佐神宮「御霊水」)。ここでいう第十六代は、今の数え方では第15代の応神天皇にあたります。

新羅の神・鍛冶の神・旗の神という説

辞典は八幡神の起源に、海の神・鍛冶の神・旗を立てて祀る神・秦氏の神など、いくつもの説を並べています。

起源の説を、出典の種類ごとに並べました。どれか一つが定説になっているわけではありません。

説中身出典の種類と出典
新羅の神・渡来の神『豊前風土記』に「むかし新羅の神が渡ってきて」とあり、誕生伝説の「辛(韓)国の宇豆高島」や「鍛冶翁」との関係が注目される神社の公式:宇佐神宮「神仏習合」
鍛冶の神571年の顕現が鍛冶の翁の姿で語られる神社の公式:宇佐神宮「御霊水」/辞典:世界大百科事典
ヤハタ(地名)の神・旗の神「ヤハタ(地名)神,幡を立ててまつる神」/「八」は多さ、「幡」は旗で「多数の幡を立てて祀る神」辞典:世界大百科事典/図書館のレファレンス:国立国会図書館レファレンス協同データベース
海の神・焼畑の神・秦氏の氏神・ハルマン「海神,鍛冶神…秦氏の氏神,焼畑神,ハルマン…の神(姥神)などといわれてきた」辞典:世界大百科事典(中野幡能)・日本大百科全書
大菩薩・軍神・天皇と同体「衆生を救済する大菩薩であり、畏れられる軍神であり、時には天皇と同体」研究機関:国際日本文化研究センター

「新羅の神」の記述は、宇佐神宮の公式ページ自身が載せています(宇佐神宮「神仏習合」)。世界大百科事典の説の列挙はコトバンク「八幡信仰」に、「多くの旗」の説は国立国会図書館レファレンス協同データベースに、多面性の指摘は国際日本文化研究センターにあります。

「ヤハウェ説」はどこから来たか

ヤハタとヤハウェの音が似ているという説は、当サイトが取材した辞典・神社の公式・研究機関の資料には出てきません。

検索では「八幡 ユダヤ」「八幡 ヤハウェ」という語も並びます。当サイトが開いた辞典4種、宇佐神宮・石清水八幡宮・鶴岡八幡宮・筥崎宮の公式ページ、國學院大學と国際日本文化研究センターの資料のどれにも、この説は載っていませんでした。秦氏の氏神という説そのものは、辞典が挙げる説の一つです。

八幡神が皇室の神・八幡大菩薩になった流れ

八幡神は奈良時代に大仏の造立を助けて朝廷に重んじられ、781年に大菩薩の号を受けて神仏習合の神になりました。

宇佐神宮は八幡信仰を「応神天皇のご聖徳を八幡神として称え奉るとともに、仏教文化と、我が国固有の神道を習合したもの」と説明しています(宇佐神宮「由緒」)。主な出来事を年表にしました。

年出来事出典
571年八幡大神が宇佐の地に初めて現れる(伝承)宇佐神宮「由緒」
725年今の場所に御殿を造る(創建)宇佐神宮「由緒」
737年『続日本紀』に「八幡二社」が出る國學院大學「八幡宮」
748年東大寺が八幡神を勧請(今の手向山八幡宮。年は宇佐神宮の年表による)宇佐神宮「歴史」
749年八幡大神が大仏を拝むため都に入る。一品の位を受ける宇佐神宮「歴史」/日本大百科全書
769年和気清麻呂が勅使として宇佐へ(宇佐八幡神託事件)宇佐神宮「歴史」
781年護国霊験威力神通大菩薩の号を受ける世界大百科事典ほか
859〜860年僧行教が京都の男山へ迎え、石清水八幡宮が鎮座石清水八幡宮/文化庁
1868年神仏分離宇佐神宮「歴史」
1952年宇佐神宮本殿が国宝に指定文化庁 国指定文化財等データベース

大仏の造立と749年の入京

八幡神は東大寺の大仏造りに協力すると託宣し、749年には大仏を拝むため宇佐から都へ上りました。

宇佐神宮の年表は749年を「八幡大神、東大寺大仏を拝するため入京する」と書いています(宇佐神宮「歴史」)。日本大百科全書は、この年に八幡神に一品、比咩神に二品の神階が贈られたと書いています。東大寺の八幡殿に安置される快慶作の木造僧形八幡神坐像(1201年)は、八幡神を僧の姿で表した像で、1957年に国宝に指定されました(文化庁 国指定文化財等データベース)。

和気清麻呂と宇佐八幡神託事件

宇佐神宮の年表は、769年に和気清麻呂が宇佐の神のお告げを持ち帰り、道鏡の企てを退けたと書いています。

宇佐神宮の年表は「和気清麻呂を勅使として宇佐宮へ派遣し、道鏡の皇位収奪の野望をくじく。(宇佐八幡神託事件)」と書いています。由緒のページも、和気清麻呂公に「国のあり方を正してゆく神教を賜った」ことを挙げ、この出来事から宇佐神宮は皇室の崇敬を受ける社になりました。宇佐神宮では今も10年に1度、天皇の使いである勅使を迎える祭りが行われ、2025年が258回目でした(大分合同新聞)。

八幡大菩薩と放生会

八幡大菩薩は八幡神を菩薩とした呼び名で、781年に大菩薩の号が贈られたと辞典は書いています。

デジタル大辞泉は八幡大菩薩を「八幡神に対する称号。神仏習合によって起こり、八幡神の本地を菩薩としたもの」と説明しています(コトバンク「八幡大菩薩」)。年は781年(天応元年)とする辞典が多く、世界大百科事典の「本地垂迹」の項は783年と書いています。神と仏が結びついたきっかけについて、宇佐神宮は放生会を挙げ、「隼人との戦いで殺生の罪を悔いた八幡神が、仏教に救いを求めたことに起因しています」と書いています(宇佐神宮「神仏習合」)。

八幡神社はなぜ多いのか|数え方で7,817社から4万社あまりまで

八幡神社が多いのは源氏の氏神として各地へ勧請されたためで、数は数え方により7,817社から4万社あまりまで割れます。

数字が違うのは、何を母数にして、どの社を1社と数えるかが違うためです。7,817社は神社本庁の調査の数ですが、当サイトは調査の数表そのものは開けておらず、宗教学者の島田裕巳による紹介から引いています。調査の書誌はCiNii Booksで確かめられます。

数え方数母数出典
主祭神として八幡を祀る神社7,817社(信仰別で1位)祭神が判明した4万9084社の中で神社本庁「全国神社祭祀祭礼総合調査」(1990〜95年)を島田裕巳が紹介(幻冬舎plus)
宇佐神宮の数え方4万600社あまり(トップページは「4万社あまり」)「全国約11万の神社のうち」(母数の出どころは書かれていない)宇佐神宮「由緒」
辞典の数え方①4万余の八幡社書かれていない日本大百科全書「八幡信仰」
辞典の数え方②約2万4000社書かれていない精選版日本国語大辞典・日本大百科全書「宇佐神宮」(コトバンク「宇佐神宮」)
八幡神社の数は数え方で3段に分かれる 主祭神で数える 辞典の一部 宇佐神宮の数 7,817社(神社本庁の調査の紹介) 約2万4000社(辞典) 4万600社あまり(宇佐神宮) 棒の長さは社数に比例。辞典には「4万余」と書くものもある (出典:島田裕巳による神社本庁調査の紹介・精選版日本国語大辞典・日本大百科全書・宇佐神宮)

稲荷神社の社数も同じように数え方で割れるので、稲荷神社とはで同じ形の表にしています。

源氏の氏神と勧請で広がった

八幡神社が各地に多いのは、源氏が八幡神を氏神とし、武家が領地へ分霊を迎えたためだと辞典は説明しています。

世界大百科事典は「源頼信など清和源氏が八幡神を氏神とし」と書いています(コトバンク「八幡信仰」)。石清水八幡宮も「源氏一門は八幡大神様を氏神として尊崇し」「全国各地に八幡大神様を勧請しました」と書き、源義家が石清水八幡宮で元服して「八幡太郎義家」と名乗ったことを挙げています(石清水八幡宮「石清水八幡宮について」)。

八幡神社のご利益|厄除開運・必勝・家内安全

八幡神社のご利益は、各社の公式ページでは厄除開運・必勝・家内安全・交通安全などが挙がります。

各社が公式ページで挙げているご利益を並べました。一般のまとめに出てくるご利益ではなく、社の原文にある語だけを載せています。

社公式ページが挙げるご利益・神徳出典
宇佐神宮厄除開運・家内安全・交通安全・必勝など「総合的な御神徳」宇佐神宮「よくある質問」
石清水八幡宮厄除開運・必勝・弓矢の神石清水八幡宮「石清水八幡宮について」
鶴岡八幡宮源氏の氏神とされ「武運の神」鶴岡八幡宮「八幡宮について」
筥崎宮「敵国降伏」の宸筆を掲げる筥崎宮「筥崎宮について」
荻窪八幡神社学問成就・家業隆昌・延命長寿・出世成功荻窪八幡神社「由緒」

公式が挙げるご利益

総本宮の宇佐神宮は、厄除開運や家内安全、交通安全、必勝などを「総合的な御神徳」と答えています。

宇佐神宮のよくある質問の原文は「厄除開運や家内安全、交通安全や必勝など、総合的な御神徳」です(宇佐神宮「よくある質問」)。筥崎宮は、921年(延喜21年)に醍醐天皇が「敵国降伏」の宸筆を下したことを由緒に書いています(筥崎宮「筥崎宮について」)。

弓矢の神から厄除けへ

弓矢の神・武運の神として武士に信仰された八幡さまは、今は災いを打ち祓う厄除けの神としても参拝されます。

石清水八幡宮は自らを「厄除開運、必勝・弓矢の神」と書き、厄除けの矢のお札を授けています。厄年と厄除けの考え方は厄年とはに、厄除けで知られる神社は厄除けのご利益の神社にまとめています。子どもの初宮参りを氏神の八幡さまで受けるなら、流れはお宮参りの手引きで扱っています。

八幡神社と八幡宮の違い|「宮」は天皇を祀る社に使う社号で、祭神は同じ

八幡神社と八幡宮は祀る神が同じで、違いは社号です。神社本庁は「宮」を天皇や皇族を祀る神社などに使うと書いています。

神社本庁は八幡さまの紹介で「八幡神社・八幡宮」を並べて書いており、祭神や中身で両者を分けてはいません(神社本庁「おもな神社と神さま」)。

神社本庁の「宮」の説明

神社本庁は、「宮」は天皇や皇族を祀る神社や、由緒から古くそう呼ばれてきた神社に使われると説明しています。

神社本庁の「神宮・神社の名称」の原文は「「宮」は天皇や皇族をお祀りしている神社や由緒により古くから呼称として用いられている神社に使われます」で、「神社」は「一般の神社に対する社号として広く用いられています」です(神社本庁「神宮・神社の名称」)。八幡神は応神天皇とされるので、八幡を祀る社が「宮」と呼ばれるのは、この説明に沿っていると当サイトは読んでいます。

格の差を書いた公式はない

八幡宮のほうが八幡神社より格が上だと書いた公式ページは、当サイトが開いた範囲では見つかりませんでした。

神社本庁のページにも、宇佐神宮・石清水八幡宮・鶴岡八幡宮・筥崎宮の公式ページにも、八幡宮と八幡神社の格の違いの説明はありませんでした。同じ八幡神を祀り、地域で古くから「八幡宮」と呼ばれてきた社もあれば、「八幡神社」と呼ばれてきた社もある、というのが公式の書き方から読める範囲です。

日本三大八幡宮はどこか|宇佐・石清水と、筥崎か鶴岡か

日本三大八幡宮は宇佐神宮と石清水八幡宮までは共通で、3社目は筥崎宮とする本と鶴岡八幡宮とする本に分かれます。

国立国会図書館レファレンス協同データベースの回答では、『名数数詞辞典』は宇佐・石清水・筥崎を挙げ、『事典・日本の観光資源』は3社目を筥崎または鶴岡としています(国立国会図書館レファレンス協同データベース)。

自分で名乗る社

石清水八幡宮と筥崎宮は公式ページで三大八幡宮を名乗り、鶴岡八幡宮の由緒には「三大」の語がありません。

社公式ページの名乗り辞典・本での扱い
宇佐神宮(大分)全国の八幡様の「総本宮」NDLが紹介した2冊とも三大に入れる
石清水八幡宮(京都)「日本三大八幡宮の一社」NDLが紹介した2冊とも三大に入れる
筥崎宮(福岡)「宇佐、石清水両宮とともに日本三大八幡宮に数えられます」『名数数詞辞典』は3社目に挙げる
鶴岡八幡宮(鎌倉)由緒に「三大」の語は無い『事典・日本の観光資源』は筥崎または鶴岡

原文は石清水八幡宮「石清水八幡宮について」と筥崎宮「筥崎宮について」にあります。福岡の神社は福岡県の神社一覧から探せます。

辞典で割れる3社目

3社目は資料で割れるので、当サイトは三大八幡宮を3社に決めて書くことはしません。

鶴岡八幡宮は、源頼義が京都の石清水八幡宮を鎌倉へ勧請し、1180年(治承4年)に源頼朝が今の場所へ移した社です(鶴岡八幡宮「八幡宮について」)。勧請の年を1063年とするのは精選版日本国語大辞典で、公式の由緒には年が書かれていません。鶴岡八幡宮は2024年6月に神社本庁との包括関係を廃止しています(東京新聞)。

八幡神社のお守りと鳩|神の使いは鳩

八幡さまの使いは鳩とされ、鶴岡八幡宮は鳩を「八幡様のお使い」と書き、鳩の意匠のお守りを授けています。

鶴岡八幡宮の鳩鈴守の説明は「八幡様のお使いとして境内を羽ばたく鳩は、古来から人々に愛されてきました」です(鶴岡八幡宮「御守」)。石清水八幡宮には鳩みくじがあります。

鳩が使いになったいきさつ

鳩が八幡神の使いになった起源ははっきりせず、鎌倉時代までには化身・使いと見られていたと調べられています。

国立国会図書館レファレンス協同データベースの鎌倉市中央図書館の回答は、起源は不明としながら、『八幡宇佐宮御託宣集』に金の鷹が金の鳩に変わる話があることを紹介し、「鎌倉時代までには、鳩が八幡神の化身・使いとして認識されていた」とまとめています(国立国会図書館レファレンス協同データベース)。

各社のお守り(矢・刀・鳩)

八幡さまのお守りには、弓矢の神にちなむ矢の形や、厄を断つ刀の形、鳩をかたどったものがあります。

社お守り公式の説明
石清水八幡宮八幡御神矢八幡大神様の災いを祓い除ける矢の故事にあやかった、矢の形のお札
石清水八幡宮必勝守・勝駒守・鳩みくじ ほか名称のみ掲載
鶴岡八幡宮鳩鈴守八幡様のお使いの鳩にちなむ鈴の御守
鶴岡八幡宮破魔矢守/刀守自身に降りかかる災いを打ち祓う/厄難を断ち切る
鶴岡八幡宮仕事守流鏑馬で的を射るが如く
筥崎宮必勝守・勝守・仕事勝守・伏敵守・鳩交通守 ほか名称のみ掲載

一覧は石清水八幡宮「授与品」、鶴岡八幡宮「御守」、筥崎宮「御守」から引きました。お守りの数え方について、宇佐神宮は「「体(たい)」という単位で数えます」と答えています。御朱印をいただくときの作法は御朱印のもらい方にまとめています。

京都の八幡神社|石清水八幡宮と市内の八幡宮

京都の八幡神社の代表は八幡市の石清水八幡宮で、京都市内には御所八幡宮や若宮八幡宮があります。

石清水八幡宮は京都市ではなく、南の八幡市の男山にあります。京都市内の八幡宮と合わせて並べました。

社所在公式・観光案内の記述
石清水八幡宮八幡市(男山)859年に行教が勧請、本社10棟が国宝、三大勅祭の石清水祭
御所八幡宮京都市中京区足利尊氏が邸内の守護神として勧請、安産と幼児の守り神
若宮八幡宮京都市東山区仲哀天皇・応神天皇・神功皇后を祀る、陶器祭

京都のほかの神社は京都府の神社一覧から探せます。

石清水八幡宮(859年・国宝・三大勅祭)

石清水八幡宮は、859年に僧行教が宇佐から男山へ迎えた社で、本社10棟が2016年に国宝に指定されました。

石清水八幡宮は、行教が宇佐で「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」とのお告げを受けたと書いています。本社10棟は「平成28年2月9日」に国宝に指定され、文化庁のデータベースは本殿の造営を1634年(寛永11年)、創建を860年(貞観2年)としています(文化庁 国指定文化財等データベース)。9月15日の石清水祭は、賀茂祭・春日祭と「旧儀による三大勅祭の一つ」です(石清水八幡宮「祭典・行事」)。当サイトの属性判定では石清水八幡宮を「火属性」と判定しています(当サイト独自の分類で、ご利益の決まりではありません)。判定の内訳とアクセスは石清水八幡宮のページに、5つの属性の意味は神社属性とはにあります。

御所八幡宮と若宮八幡宮

京都市内では、足利尊氏が勧請した御所八幡宮と、陶器の神社として知られる若宮八幡宮が八幡さまです。

京都観光Naviは、御所八幡宮を「足利尊氏が邸内の守護神として勧請」した社で「特に安産と幼児の守り神として有名」と紹介しています(京都観光Navi「御所八幡宮」)。若宮八幡宮は「本殿には仲哀天皇、応神天皇及び神功皇后を祀り」、夏の陶器祭で知られます(京都観光Navi「若宮八幡宮」)。

東京の八幡神社|荻窪八幡神社・富岡八幡宮・穴八幡宮

東京で名前の挙がる八幡さまには、杉並区の荻窪八幡神社、江東区の富岡八幡宮、新宿区の穴八幡宮があります。

荻窪八幡神社

荻窪八幡神社は応神天皇を祀り、寛平年間の創祀と伝え、太田道灌が植えた道灌槙が残る杉並区の社です。

荻窪八幡神社の公式ページは、祭神を応神天皇とし、「学問成就・家業隆昌・延命長寿・出世成功の守り神」と書いています。「寛平年間(約千百年前)に創祀」され、1051年(永承6年)に源頼義が戦勝を祈り、1477年(文明9年)に太田道灌が高野槙を1株植えたのが「道灌槙」です(荻窪八幡神社「由緒」)。杉並区は、寛平年間を889年〜898年とし、道灌槙が1986年に区の天然記念物に指定されたと書いています(杉並区)。

富岡八幡宮と穴八幡宮

富岡八幡宮は江東区富岡、穴八幡宮は新宿区西早稲田にあり、どちらも応神天皇を祀る八幡宮です。

富岡八幡宮は門前仲町駅の近く、穴八幡宮は早稲田駅の近くにあります。当サイトの属性判定では、どちらも主祭神の応神天皇と八幡宮の系統から「火属性」と判定しています。所在地・最寄り駅・判定の内訳は富岡八幡宮のページと穴八幡宮のページに、東京のほかの神社は東京都の神社一覧にあります。

鎌倉の鶴岡八幡宮

鎌倉の鶴岡八幡宮は、源頼朝が1180年に今の場所に移した、源氏ゆかりの八幡宮です。

鶴岡八幡宮は、祭神を「『応神天皇』、『神功皇后』、『比売神』の三柱」とし、源氏の氏神とされ「武運の神」と書いています(鶴岡八幡宮「八幡宮について」)。東京新聞は2025年3月に、大銀杏の後継木が樹高8メートルを超えるまでに育ったと伝えています(東京新聞)。

八幡神社の参拝方法|基本は二拝二拍手一拝、宇佐神宮は四拍手

八幡神社の参拝は、神社本庁が基本形とする二拝二拍手一拝で、宇佐神宮では古儀の四拍手でお参りします。

基本の作法

神社本庁は再拝・二拍手・一拝を基本形とし、特別な作法の神社ではその神社のやり方に従うよう書いています。

原文は「現在「再拝(礼)・二拍手・一拝(礼)」の作法が基本形」「神社によっては特殊な拝礼方法を行っているところもあります。その際は神社の作法に従ってお参りしましょう」です(神社本庁「参拝方法」)。手水から拝礼までの流れは神社の参拝方法に図でまとめています。

宇佐神宮の四拍手と「片参り」

宇佐神宮は二礼四拍手一礼で参拝し、上宮と下宮の両方にお参りしないと「片参り」になると伝えています。

宇佐神宮は「「二礼・四拍手・一礼」の作法にて」参拝し、「特に文献等には記録されてはいないものの、古儀により」四拍手を続けていると答えています(宇佐神宮「よくある質問」)。境内には上宮と下宮があり、「昔から「下宮参らにゃ片参り」といわれています」とも書き、両方にお参りするよう勧めています(宇佐神宮「参拝の作法」)。

よくある質問

Q. 八幡神社の読み方は?

A. 神社名としては「はちまんじんじゃ」と読みます。デジタル大辞泉は「八幡宮」を「はちまんぐう」の見出しで載せ、「やわたのみや」「やわたぐう」という読みも添えています。地名では北九州市の八幡(やはた)、京都府の八幡市(やわた)のように読みます。

Q. 八幡神社と稲荷神社はどちらが多いですか?

A. 主祭神で数えると八幡神社が多くなります。島田裕巳が紹介した神社本庁の調査では、八幡信仰が7,817社で1位、稲荷信仰は2,970社で4位です。稲荷は境内社などを含めると約3万社といわれ(伏見稲荷大社の説明)、数え方で順位が変わります(稲荷神社とは)。

Q. 「南無八幡大菩薩」とはどういう意味ですか?

A. 「南無」は仏教で帰依を表す語で、八幡大菩薩に身をゆだねて祈る唱え言葉です。八幡大菩薩は、神仏習合で八幡神の本地を菩薩とした称号で(デジタル大辞泉)、八幡神は古くから弓矢の神として武人に尊ばれたため、武士が戦の前に唱えた言葉として知られます。

Q. 八幡さまのお守りを複数持ってもいいですか?

A. 宇佐神宮は、よくある質問で「神様がケンカをすることは決してありませんので、ご一緒にお持ちいただいて構いません」と答えています(宇佐神宮「よくある質問」)。ほかの社のお守りと一緒に持ってかまわないというのが総本宮の答えです。

Q. 鶴岡八幡宮の初詣にはどれくらい人が来ますか?

A. 警察庁が初詣の人出を全国で発表していたのは2009年までで、今は公表された実数がありません(国立国会図書館レファレンス協同データベース)。2025年末には、神奈川県警が約200万人の参拝客を見込んで警備の訓練をしたと報じられました(神奈川新聞)。初詣の行き先は初詣のおすすめ社寺にまとめています。

Q. 放生会とは何ですか?

A. デジタル大辞泉は「供養のために、捕らえた生き物を池や野に放してやる法会」と説明しています。宇佐神宮は、隼人との戦いで殺生を悔いた八幡神が仏教に救いを求めたことが始まりと書いています。福岡の筥崎宮の放生会には「期間中のべ100万人が訪れると云われます」(筥崎宮)。

まとめと参考にした一次情報

八幡神社は八幡神を祀る神社で、総本宮は宇佐神宮、八幡神は記紀に出ない神で正体には諸説があります。

祭神は八幡大神(応神天皇)・比売大神・神功皇后の三柱が多いものの、社ごとに顔ぶれが違います。数は主祭神で数えた調査で7,817社、宇佐神宮は4万600社あまりと書き、辞典の中でも割れています。八幡宮との違いは社号で、格の差を書いた公式はありません。三大八幡宮は宇佐・石清水までが共通です。自分に合う神社を探すなら神社属性診断、近くの八幡さまは近くの神社を探すで探せます。

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