MENU
まずここから
神社を調べる
はじめての神社参拝
5つの属性

稲荷神社とは何の神様?祭神・ご利益・狐と赤い鳥居|三大稲荷・お寺の稲荷・「怖い」の噂まで公式の原文で確かめた

稲荷神社とは何の神様?祭神・ご利益・狐と赤い鳥居

先に結論だけ

稲荷神社は、稲荷大神(宇迦之御魂大神ほか)を祀る神社です。総本宮は京都の伏見稲荷大社で、伏見稲荷大社は「全国に30,000社あるといわれ」と書いています。神社本庁は、もとは農業の神で、今は商業・産業を守る神と説明しています。

狐は神の使いで、神そのものではありません。伏見稲荷大社の公式の問答は「勿論「稲荷大神様」はきつねではありません」と答えています。「稲荷神社は怖い」「行ってはいけない」と書いた神社の公式ページは、当サイトが開いた9か所で1件もありませんでした。

当サイト(カンナビ)は2026年9月28日に「稲荷神社」で検索し、上位10件のうち神社や神社庁の原文へリンクしていたページは1件、「怖い」「行ってはいけない」を正面から扱ったページは0件だと確かめました。

この記事でわかること

  • 祭神とご利益: 稲荷大神とは誰か、社ごとに違う祭神の顔ぶれと、農業の神が商売の神になった流れです。
  • 数と広がり: 2,970社から約3万社まで、数え方で3段に割れる稲荷神社の数です。
  • 狐と赤い鳥居: 狐が神の使いになった理由の諸説と、朱色と鳥居の奉納の意味です。
  • 三大稲荷・お寺の稲荷・「怖い」の噂: 公式ページが自分で書いていることを並べました。
目次

稲荷神社とは|稲荷大神を祀る神社で、総本宮は伏見稲荷大社

稲荷神社は稲荷大神を祀る神社で、総本宮は京都の伏見稲荷大社、全国に約3万社あるといわれます。

日本大百科全書は、各地の稲荷神社が広がった流れとして、江戸時代の中ごろから「総本社である伏見稲荷大社の分霊を各地に勧請するという「稲荷勧請」が一段と盛行した」と書いています(コトバンク「稲荷信仰」)。下の図は、総本宮から各地へ広がった流れと、お寺の稲荷という別の流れを並べたものです。

稲荷神社の広がり(神社の流れとお寺の流れ) 総本宮 伏見稲荷大社 711年に稲荷山へ鎮座と伝える 分霊・稲荷勧請 各地の稲荷神社 主祭神として 2,970社 境内社・合祀 含めると 約3万社といわれる 屋敷神の稲荷 家や会社の敷地 どちらの数にも入らない 別の流れ=お寺 豊川稲荷 曹洞宗の妙嚴寺 豐川吒枳尼眞天 最上稲荷 日蓮宗の妙教寺 最上位経王大菩薩 狐はどちらの流れでも「神の使い」や乗り物で、祀られる神そのものではない (出典:伏見稲荷大社・神社本庁の調査の紹介・世界大百科事典・日本大百科全書・豊川稲荷・最上稲荷の公式ページ)

伏見稲荷大社と神社本庁の説明

伏見稲荷大社は全国の稲荷神社の総本宮と名乗り、神社本庁は祭神を宇迦之御魂神、通称をお稲荷さんとしています。

伏見稲荷大社は「全国に30,000社あるといわれ、全国各地で老若男女を問わず親しまれています。その総本宮が伏見稲荷大社です」と書いています(伏見稲荷大社「伏見稲荷大社とは」)。神社本庁は神社ごとの神さまの紹介で「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ) 通称:お稲荷さん」とし、「もともとは農業の神さまでしたが、今は広く商業・産業を守護する神さまとされています」と説明しています(神社本庁「おもな神社と神さま」)。「稲荷」の語源は、伏見稲荷大社が「イナリとは、イネナリ・イネニナルのつづまったもの」、神社本庁が「イネナリ(稲成)」、豊川稲荷が「「イナノリ」の音便」と書き、言い方が少しずつ違います。神社本庁は、神さまが稲を荷なったことから稲荷の字を当てたという説も挙げています。

「お稲荷さん」「正一位」の呼び名と711年の鎮座

伏見稲荷大社は711年2月の初午の日に稲荷山へ鎮座したと伝え、942年に神の位の最高位である正一位を受けました。

伏見稲荷大社は、鎮座を「奈良時代の和銅4年(711)2月初午の日」とし、2011年に御鎮座1300年を迎えました。社名の由来は『山城国風土記』の逸文にあり、秦氏の「伊呂具秦公の的にして射た餅が白鳥と化して飛び翔けり、その留った山の峰に”稲”が生じた奇瑞によって、イナリという社名になった」と伝えます(伏見稲荷大社「ご祭神」)。ただし同じ社の解説は、風土記には「まだ和銅4年(711)云々というご鎮座年代は出てきていません」とも書いています(伏見稲荷大社「稲荷の歴史」)。「正一位稲荷大明神」の正一位は神の位で、伏見稲荷大社は「天慶5年(942)に「正一位」になりました」と答え、「正一位の神階を授かっている神様は稲荷大神様だけではなく日本全国に多くおられます」と添えています(伏見稲荷大社「よくあるご質問」)。

稲荷神社の祭神|宇迦之御魂大神ほか、社ごとに顔ぶれが違う

稲荷神社の中心の祭神は宇迦之御魂大神ですが、一緒に祀る神は社ごとに違い、1柱の社から5柱の社まであります。

公式ページで祭神を確かめた6社を並べると、同じ「稲荷」でも顔ぶれと表記が違います。倉稲魂大神(うがのみたまのおおかみ)は宇迦之御魂大神と同じ神の別の書き方です。穴守稲荷神社は豊受姫命を祭神としています。

社祭神(公式ページの表記)柱数
伏見稲荷大社(京都)宇迦之御魂大神・佐田彦大神・大宮能売大神・田中大神・四大神5柱
武信稲荷神社(京都)宇迦之御魂大神・佐田彦大神・大宮能売大神3柱
満足稲荷神社(京都)倉稲魂大神(相殿に天照大御神・大国主大神・猿田彦大神)1柱+相殿3柱
祐徳稲荷神社(佐賀)倉稲魂大神・大宮売大神・猿田彦大神3柱
笠間稲荷神社(茨城)宇迦之御魂神1柱
穴守稲荷神社(東京)豊受姫命1柱

伏見稲荷大社は五柱を「稲荷大神」と呼ぶ

伏見稲荷大社は、宇迦之御魂大神を中心とする五柱の神をまとめて稲荷大神と呼び、一つの神の働きの名と説明しています。

伏見稲荷大社のご祭神のページは、下社(中央座)の宇迦之御魂大神、中社の佐田彦大神、上社の大宮能売大神、下社摂社の田中大神、中社摂社の四大神を挙げ、これらを「広大なる御神徳の神名化されたもの」と書いています(伏見稲荷大社「ご祭神」)。ご祈祷のページでは、宇迦之御魂大神は「保食神とも称し、繁栄のご神徳があります」とされています(伏見稲荷大社「ご祈祷」)。

古事記と日本書紀の宇迦之御魂神

宇迦之御魂神は古事記では須佐之男命の子、日本書紀では伊奘諾尊と伊奘冉尊の子として出てくる、稲の霊の神です。

日本人名大辞典は、倉稲魂命を「稲の精霊が神格化されたもので,五穀,食物をつかさどる」と説明し、「「古事記」では須佐之男命と神大市比売の子で,宇迦之御魂神とかく」と書いています(コトバンク「倉稲魂命」)。デジタル大辞泉は「うか」を「うけ(食)」の音変化とし、「食物、ことに稲の神霊」と説明しています。名前そのものが「稲の魂」を表すので、稲荷の神が農業の神から始まったことと合います。

稲荷神社のご利益|五穀豊穣から商売繁昌へ広がった

稲荷神社のご利益は、古くは五穀豊穣、時代が下って商売繁昌・家内安全・交通安全・芸能上達へ広がりました。

伏見稲荷大社が挙げるご利益とご祈祷の願意

伏見稲荷大社は、朝廷の五穀豊穣の祈りから始まり、商売繁昌や産業興隆の守護神へ広がったと公式の問答で答えています。

原文は「古くは朝廷が、雨乞いや止雨と共に五穀豊穣を…時代が下って商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の守護神として」です(伏見稲荷大社「よくあるご質問」)。ご祈祷の願意には、商売繁昌・家内安全・交通安全・厄除・開運招福・入試合格から七五三詣まで17の項目が並びます(伏見稲荷大社「ご祈祷」)。

時期ご利益の中心出典の書き方
奈良〜平安五穀豊穣・雨乞い・止雨伏見稲荷大社「古くは朝廷が…五穀豊穣を」
中世〜江戸商売繁昌・産業興隆伏見稲荷大社「時代が下って商売繁昌・産業興隆」
江戸の中ごろ〜屋敷や町の守り神として各地へ日本大百科全書「稲荷勧請が一段と盛行」
現在商業・産業の守護(農業も)神社本庁「今は広く商業・産業を守護する神さま」

農業の神が商売の神になった流れ

伏見稲荷大社は、古くは朝廷が五穀豊穣を祈り、時代が下って商売繁昌・産業興隆の守護神として信仰されたと説明しています。

世界大百科事典は、稲荷信仰の特色に「2月初午を祭日とすること,朱色の幟・旗・鳥居,正一位の神階,人名を冠した稲荷の呼称」を挙げています(コトバンク「稲荷信仰」)。商家や会社が敷地に稲荷を祀るのはこの流れで、日本橋三越本店の屋上には三井家の守護神である三囲神社の分霊が祀られています。仕事のご利益で神社を探すなら仕事運の神社、ご利益の強さで話題になる社はパワースポットの神社にまとめています。

稲荷神社はなぜ多いのか|数え方で2,970社から約3万社まで

稲荷神社の数は数え方で変わり、主祭神として数えると2,970社、境内社なども含めると約3万社といわれます。

数字が違うのは、どの社を1社と数えるかが違うためです。下の表と図に、数え方ごとの数と出典を並べました。2,970社は神社本庁の調査の数ですが、当サイトは調査の数表そのものは開けておらず、宗教学者の島田裕巳による紹介から引いています。

数え方数出典
主祭神として稲荷を祀る神社2,970社(祭神が判明した49,084社の中で4位)神社本庁「全国神社祭祀祭礼総合調査」(1990〜95年)を島田裕巳が紹介(幻冬舎plus)
境内社・合祀なども含めた稲荷の社約3万社といわれる(3万0750余社)伏見稲荷大社「全国に30,000社あるといわれ」/日本大百科全書「『稲荷神社略記』によると…3万0750余社」
家や会社の敷地の屋敷神数えられていない世界大百科事典「上記の数字に含まれない屋敷神としての稲荷がひじょうに多い」
稲荷神社の数は数え方で3段に分かれる 主祭神として 境内社なども含む 屋敷神まで入れる 2,970社(神社本庁の調査の紹介) 約3万社といわれる(3万0750余社) 数えられていない 上の2本の棒の長さは社数に比例。3本目は数の出典が無いので破線で示した (出典:島田裕巳による神社本庁調査の紹介・伏見稲荷大社・日本大百科全書・世界大百科事典)

延喜式から正一位、江戸の稲荷勧請へ

稲荷は平安時代に国の神社の名簿へ載り、最高位の正一位を受け、江戸時代の中ごろに分霊を迎える稲荷勧請で数を増やしました。

伏見稲荷大社の沿革の年表と辞典から、社数が増えるまでの節目を並べました。

年出来事出典
711年稲荷大神が稲荷山の三ヶ峰に鎮座(社伝)伏見稲荷大社の沿革
827年淳和天皇から従五位下を授かる伏見稲荷大社「よくあるご質問」
927年延喜式神名帳に「稲荷神社 三座」、名神大社として載る伏見稲荷大社の沿革・稲荷の歴史
942年正一位に累進伏見稲荷大社の沿革
1589年豊臣秀吉の寄進で楼門を造営伏見稲荷大社の沿革
江戸時代の中ごろ分霊を各地へ迎える「稲荷勧請」が盛んになる日本大百科全書
1871年官幣大社に列せられる伏見稲荷大社の沿革

年表は伏見稲荷大社の沿革と延喜式の解説から引きました。延喜式神名帳は全国の3,132座を記録した名簿です。伏見稲荷大社の本殿は1909年(明治42年)に重要文化財に指定され、のちに権殿・外拝殿・楼門・奥宮・白狐社なども追加指定されています(文化庁 国指定文化財等データベース)。

屋敷神と「伊勢屋稲荷に犬の糞」

江戸では稲荷を家や店の敷地に祀る習わしが広がり、町でよく目にするものの例えに「伊勢屋稲荷に犬の糞」と言われました。

伏見稲荷大社は稲荷の歴史の解説で、江戸の町の様子を「犬公方さまが御在世中には「伊勢屋稲荷に犬の糞」などとはやされるほど」と書いています(伏見稲荷大社「稲荷の歴史」)。世界大百科事典は、稲荷信仰は西日本より東日本の方が濃く、関東地方では数に含まれない屋敷神の稲荷が多いと書いています。家の敷地に祀る屋敷神と、住んでいる土地の神である氏神との違いは、氏神の調べ方で扱っています。

稲荷神社と狐|狐は神の使いで、神そのものではない

稲荷神社の狐は稲荷大神の使い(眷属)で、伏見稲荷大社も神社本庁も、狐を神そのものとは書いていません。

伏見稲荷大社の「びゃっこさん」

伏見稲荷大社は、神の使いの狐は野山の狐ではなく目に見えない存在で、白(透明)狐=びゃっこさんと呼ぶと答えています。

公式の問答は「「稲荷大神様」のお使い(眷族)はきつねとされています」と書き、目に見えないので「白(透明)狐=”びゃっこさん”」とあがめると続け、「勿論「稲荷大神様」はきつねではありません」と結んでいます(伏見稲荷大社「よくあるご質問」)。神社本庁も狛犬の解説で「狐は稲荷神社、牛は天満宮に見られ、共にお祀りされている神さまの神使(しんし)であるとされています」と書いています(神社本庁「狛犬」)。笠間稲荷神社も「キツネはあくまで稲荷大神のお使いであって、神さまそのものではありません」としています。

狐が使いになった理由は諸説ある

狐が稲荷の使いになった理由は一つに決まっておらず、名前の当て字、田の神との関係、荼枳尼天との習合の3つの説があります。

説中身出典
名前の当て字の説稲荷の神の別名「御饌津神(みけつかみ)」を「三狐神」と書いたことから狐と結びついたデジタル大辞泉・東京都神社庁「これについては諸説があります」
田の神と同じ時期に姿を見せる説狐は農事の始まる初午の頃から秋まで人里に現れ、田の神が山へ帰る頃に山へ戻る笠間稲荷神社
荼枳尼天との習合の説平安時代以降、稲荷大神が狐に乗る仏教の荼枳尼天の垂迹とされた笠間稲荷神社・精選版日本国語大辞典

東京都神社庁は「狐=お稲荷さんということではありません」とも書いています。狐像がくわえている物は、満足稲荷神社が「左の白ぎつねは知恵を象徴している巻物を、右の白ぎつねは神さまの霊徳の象徴である玉(宝珠)をくわえています」と説明しています(満足稲荷神社)。鍵や稲穂をくわえた狐の意味を説明した公式ページは、当サイトが開いた範囲では見つかりませんでした。油揚げは、デジタル大辞泉が「稲荷」の意味の一つに「《狐の好物とされたところから》油揚げ」を挙げています(コトバンク「稲荷」)。お供えに油揚げを決めた公式の定めは見つかっていません。

稲荷神社の鳥居はなぜ赤いか|朱は豊穣の色、鳥居は願いが通った御礼

伏見稲荷大社は、朱色は魔力に対抗する色で、稲荷大神の豊穣の力を表す色だと説明し、鳥居は願いが通った御礼の奉納としています。

朱色は魔除けの色で、伏見稲荷大社では豊穣の色

伏見稲荷大社は、朱色を魔力に対抗する色とし、当社に限っては稲荷大神の力の豊穣を表す色だと答えています。

原文は「朱色は、魔力に対抗する色ともされて…当社に限って云えば稲荷大神様のお力の豊穣を表す色」です。続けて「お稲荷さんだけが朱塗りではなく」、朱の原材料は水銀=丹で、木を守る防腐剤の役目もあると書いています(伏見稲荷大社「よくあるご質問」)。神社本庁も鳥居の解説で「朱塗りの稲荷鳥居など特徴的なものがあります」と書いています(神社本庁「鳥居」)。

約1万基の鳥居は奉納で増えた

伏見稲荷大社の鳥居は、願いが通るように、また通った御礼として奉納されたもので、お山の参道に約1万基あります。

伏見稲荷大社は「願い事が「通る」或いは「通った」御礼の意味から、鳥居を感謝のしるしとして奉納することが江戸時代以降に広がった結果です。現在は約1万基の鳥居がお山の参道全体に」と書いています。日本経済新聞(2026年2月26日)は、宮大工の話として毎年200基以上が新たに奉納されると伝えています(日本経済新聞)。奉納の申し込みは社務所で受けていますが、費用は公式ページに載っていません。

神社の稲荷と寺の稲荷|豊川稲荷と最上稲荷はお寺

豊川稲荷は曹洞宗の妙嚴寺、最上稲荷は日蓮宗の妙教寺で、どちらも「稲荷」と呼ばれるお寺です。

稲荷がお寺にもあるのは、平安時代から稲荷の神が仏教の荼枳尼天と結びついて祀られてきたためです。精選版日本国語大辞典は、平安遷都以後「真言密教と習合し、荼枳尼天をもって稲荷の神体とするに至り」と書いています。明治の神仏分離のあとも、お寺として続いた稲荷があります。

項目神社の稲荷(例:伏見稲荷大社)お寺の稲荷(豊川稲荷)お寺の稲荷(最上稲荷)
正式名伏見稲荷大社圓福山 妙嚴寺最上稲荷山 妙教寺
宗派・区分神社(神社本庁の調査の対象)曹洞宗の寺院日蓮宗の寺院
祀るもの稲荷大神(宇迦之御魂大神ほか)鎮守・豐川吒枳尼眞天(本尊は千手観世音菩薩)最上位経王大菩薩
狐との関係神の使い(眷属)尊天が白い狐に跨る大菩薩が白狐に乗って降臨
鳥居あり(約1万基)公式の自己紹介に記述なし「お寺でありながら鳥居をそなえ」
拝み方二拝二拍手一拝お寺の作法(合掌)お寺の作法(合掌)

豊川稲荷は曹洞宗の寺で、祀るのは豐川吒枳尼眞天

豊川稲荷は公式ページで、正式名を妙嚴寺とする曹洞宗の寺院と名乗り、鎮守の豐川吒枳尼眞天を祀ると書いています。

原文は「豊川稲荷は正式名を「妙嚴寺」と称し、山号を圓福山とする曹洞宗の寺院です」「当寺でお祀りしておりますのは鎮守・豐川吒枳尼眞天」です。通称の由来は「豐川吒枳尼眞天が稲穂を荷い、白い狐に跨っておられることから、いつしか「豊川稲荷」が通称として広まり」と書いています(豊川稲荷「豊川稲荷について」)。公式ページは自らを寺院と紹介していますが、「神社ではない」という言い方はしていません。お参りはお寺の作法で合掌します。

最上稲荷は日蓮宗の寺で、鳥居がある

最上稲荷は正式名を最上稲荷山妙教寺とする日蓮宗の寺院で、お寺でありながら鳥居を備えていると公式ページが書いています。

原文は「正式名称を「最上稲荷山妙教寺」という日蓮宗寺院ですが、明治の神仏分離令の際、特別に「神仏習合」の祭祀形態が許された」「お寺でありながら鳥居をそなえ」です。祀るのは最上位経王大菩薩で、752年に「白狐に乗った最上位経王大菩薩が八畳岩に降臨」したと伝えます(最上稲荷「最上稲荷について」)。

日本三大稲荷はどこか|伏見稲荷は「ほかの2社は特定できません」

日本三大稲荷の顔ぶれは決まっておらず、伏見稲荷大社は伏見のほかの2社を特定できないと答えています。

伏見稲荷大社の公式の問答は、三大稲荷について「当社のほかの2社については、各々の地域でそれぞれの言い方があって特定できません」と答えています(伏見稲荷大社「よくあるご質問」)。当サイトが確かめた範囲では、自分で三大稲荷と名乗る社寺が4つ、辞典で名前が挙がる社がもう1つあります。

三大稲荷を名乗る社と辞典に出る社

自分で三大稲荷の一つと名乗るのは祐徳稲荷神社・笠間稲荷神社・最上稲荷・豊川稲荷の4つで、辞典には竹駒神社も出ます。

社寺所在地自分での名乗り方(公式ページの原文)区分
伏見稲荷大社京都府「ほかの2社については…特定できません」神社(総本宮)
祐徳稲荷神社佐賀県「日本三大稲荷の一つに数えられ」神社
笠間稲荷神社茨城県「日本三大稲荷のひとつである当社の御創建は」神社
最上稲荷岡山県「伏見・豊川と並ぶ日本三大稲荷として」お寺(日蓮宗)
豊川稲荷愛知県催しの名「日本三大稲荷・豊川稲荷ヨルモウデ」(由緒のページには語なし)お寺(曹洞宗)
竹駒神社宮城県(公式ページは未確認)精選版日本国語大辞典に「日本三稲荷の一つ」神社

出典は祐徳稲荷神社・笠間稲荷神社・最上稲荷・豊川稲荷の各公式ページです。祐徳稲荷神社は参拝者を「年間300万人」、笠間稲荷神社は「年間350万余」と書いていますが、どちらも社の発表の数で、何年の数かは書かれていません(2026年9月28日に閲覧)。

三大稲荷を選ぶときの見方

三大稲荷を3社に決める根拠は無いので、行き先を選ぶときは神社か寺か、祭神、行きやすさで比べるのが確かです。

伏見稲荷大社を入れた上で、東日本なら笠間稲荷神社、九州なら祐徳稲荷神社、東海なら豊川稲荷、中国地方なら最上稲荷が候補になります。笠間稲荷神社は、社伝で創建を651年(白雉2年)としており、伏見稲荷大社の711年より古い年を伝えます。総本宮であることと、いちばん古いことは別の話です。

京都の稲荷神社|伏見稲荷大社・武信稲荷神社・満足稲荷神社

京都の稲荷神社には、総本宮の伏見稲荷大社のほか、中京区の武信稲荷神社と左京区の満足稲荷神社があります。

社始まり(公式ページの記述)知られていることご利益(公式ページの記述)
伏見稲荷大社711年に稲荷山へ鎮座(社伝)稲荷山233m・境内約26万坪・鳥居約1万基五穀豊穣・商売繁昌・家内安全ほか
武信稲荷神社859年に藤原良相が創祀名付け・命名に所縁/坂本龍馬とおりょうゆかりの榎家内安全・健康長寿・病気平癒・交通安全ほか
満足稲荷神社豊臣秀吉が伏見城の守護神として勧請(年の記載なし)秀吉が満足したことが名の由来/徳川綱吉が現在地に遷祀商売繁盛・病気平癒・出世開運

京都のほかの神社は京都府の神社一覧から探せます。

伏見稲荷大社(稲荷山233m・境内約26万坪)

伏見稲荷大社は、標高233mの稲荷山全体を神域とし、約26万坪の境内に鳥居とお塚が連なる総本宮です。

伏見稲荷大社は、稲荷山を「霊山(海抜233m)」とし、「約26万坪(約87万平方メートル)が境内」と書いています。山の神蹟やお塚を巡ることを「お山する」と呼びます。お山めぐりにかかる時間は公式ページに載っていません。当サイトの属性判定では、伏見稲荷大社は主祭神・山の地勢・稲荷の系統から「地属性」と判定しています(当サイト独自の分類で、ご利益の決まりではありません)。所在地・最寄り駅・判定の内訳は伏見稲荷大社のページに、5つの属性の意味は神社属性とはにまとめています。

武信稲荷神社(859年・龍馬ゆかりの榎)

武信稲荷神社は859年に藤原良相が創祀した社で、名付けに縁があり、坂本龍馬とおりょうゆかりの榎で知られます。

公式ページは、創祀した藤原良相が「長として一族の名付けをされていたことから、名付け・命名に所縁の神社」と書いています(武信稲荷神社「由緒」)。神社の南には幕末に六角獄舎があり、おりょうの父の楢崎将作が捕らえられていたことから、龍馬とおりょうの話が伝わります。公式ページ自身が「龍馬とおりょうの出合いに関しては諸説ある」と書いています(武信稲荷神社「龍馬とおりょう」)。樹齢約850年の御神木の榎は、2025年5月24日に幹が折れて本殿と末社に覆いかぶさりました(京都新聞)。

満足稲荷神社(秀吉の守護神)

満足稲荷神社は、豊臣秀吉が伏見城の守護神として勧請し、秀吉が満足したことから名が付いたと伝える社です。

公式ページは「豊臣秀吉公が伏見桃山城の守護神として勧請」し、「満足感を得たところから呼称」、のちに「徳川綱吉公が現在地に遷祀」したと書いています(満足稲荷神社「ご由緒」)。いつのことかという年は公式ページに書かれていません。本殿の白狐がくわえる巻物と玉の説明は、狐の節で紹介したとおりです。

東京の稲荷神社|王子稲荷・穴守稲荷・豊川稲荷東京別院

東京には、関東稲荷総司と呼ばれた王子稲荷神社、羽田の穴守稲荷神社、赤坂の豊川稲荷東京別院があります。

王子稲荷神社と穴守稲荷神社

王子稲荷神社は源頼義から関東稲荷総司の称号を受けたと伝え、穴守稲荷神社は羽田の堤の穴から田畑を守る稲荷です。

東京都神社庁の紹介によると、王子稲荷神社は「源頼義により「関東稲荷総司」の称号を頂く」と伝え、落語「王子の狐」の舞台でもあります(東京都神社庁「王子稲荷神社」)。穴守稲荷神社は、社名を「風浪が作りし穴の害より田畑を守り給う稲荷大神」の意味と説明し、戦後に羽田空港の拡張で「四十八時間以内の強制退去」を命じられて今の場所へ移りました。1945年に移転を命じられる前の旧鎮座地の社前には、記録で四万六千七百九十七基の鳥居が奉納されていたと書いています(穴守稲荷神社「由緒」)。

豊川稲荷東京別院とビルの屋上の稲荷

赤坂の豊川稲荷東京別院は、大岡越前守忠相が信仰した豊川稲荷の分霊を祀るお寺で、神社ではありません。

豊川稲荷東京別院は「大岡越前守忠相公が日常信仰されていた豊川稲荷のご分霊」を祀り、明治20年に現在地へ移ったと書いています(豊川稲荷東京別院)。本院と同じく曹洞宗のお寺です。東京ではビルの屋上にも稲荷があり、日本橋三越本店の屋上に三囲神社の分霊が祀られたのは「大正3年(1914年)9月21日」です(三越伊勢丹「日本橋三越本店の歴史」)。

稲荷神社は怖い?行ってはいけない?|そう書いた公式は見つからなかった

稲荷神社を怖い、行ってはいけないと書いた公式ページは、当サイトが開いた社寺と神社本庁の9か所で0件でした。

公式と神職が書いていること

伏見稲荷大社が参拝者に求めているのは振る舞いの決まりで、稲荷を祀ることや参拝そのものを避けるようには書いていません。

当サイトは、伏見稲荷大社・豊川稲荷・最上稲荷・祐徳稲荷神社・笠間稲荷神社・武信稲荷神社・満足稲荷神社・穴守稲荷神社・神社本庁の公式ページを開きました。どれにも「行ってはいけない」という記述はありませんでした。伏見稲荷大社のお願いは、食べ歩きやペットを連れての参拝など、境内での振る舞いの17項目です(伏見稲荷大社「参拝の皆様へのお願い」)。光明稲荷神社の宮司は、神職の立場から「正しくお祀りされているお稲荷様が、人をむやみに祟るということはございません」と書いています(光明稲荷神社の宮司の発信)。

怖いと言われる背景

当サイトは、狐が神の使いであると同時に人を化かす獣とも語られてきたことが、怖いという印象の元の一つと読んでいます。

デジタル大辞泉は狐を「人を化かすといわれ、また稲荷神の使者ともされる」と説明しています(コトバンク「狐」)。狐憑きや祟りの話は民間信仰の中で語られてきたもので、神社の公式ページがそう説明している例は見つかりませんでした。書籍の著者が「お米の神から、お金の神に変化したから」苦手に感じる人がいると書いた記事もありますが、神社側の説明ではありません(ダイヤモンド・オンライン)。

気になる人の確かめ方

気になるなら、噂で決めずに、参拝したい稲荷神社の社務所へ直接聞くのが確かな方法です。

家や会社で祀っている稲荷を続けられなくなったときも、勧請元の神社や近くの神社に相談してください。参拝してよいかを占いや噂で決めたくない人は、日の吉凶の話を初詣に行ってはいけない日で、「呼ばれる」という言い方を神社に呼ばれるサインで、「歓迎されていない」と感じる話を神社で歓迎されているサインで扱っています。どれも、神社が公式に定めたものではないことを確かめた上で書いています。

稲荷神社の参拝方法|作法はほかの神社と同じ

稲荷神社の参拝の作法はほかの神社と同じ二拝二拍手一拝で、神社本庁はこれを基本形として案内しています。

二拝二拍手一拝とお供え

神社本庁は再拝・二拍手・一拝を基本形とし、特別な作法の神社ではその神社のやり方に従うよう書いています。

原文は「現在「再拝(礼)・二拍手・一拝(礼)」の作法が基本形」「神社によっては特殊な拝礼方法を行っているところもあります。その際は神社の作法に従ってお参りしましょう」です(神社本庁「参拝方法」)。伏見稲荷大社の書く「二拝二拍手一拝」も中身は同じです。豊川稲荷と最上稲荷はお寺なので、手を合わせて拝みます。お供えは神社ごとの習わしに従い、油揚げを持って行くかどうかは社務所に聞いてください。手水から拝礼までの流れは神社の参拝方法に図でまとめています。

伏見稲荷大社の禁止事項

伏見稲荷大社は、定められた場所以外での飲食やペットを連れた参拝など、境内での17項目を控えるよう求めています。

禁止事項のページには「境内で定められた場所(無料休憩所)以外で飲食をすること(食べ歩き・立食い等)」「犬やペットを連れての散歩および参拝」など17項目が並びます(伏見稲荷大社「参拝の皆様へのお願い」)。2026年9月7日には「参拝者の通行を妨げるダンスパフォーマンス等」について「節度ある行動をお願いいたします」と呼びかけました(伏見稲荷大社「お知らせ」)。おみくじを引くなら、引き方と結果の読み方をおみくじの見方にまとめています。

よくある質問

Q. 稲荷神社の読み方は?

A. 「いなりじんじゃ」です。デジタル大辞泉は「稲荷」を「いなり」の見出しで載せ、「いななり(稲生)」の音変化という説を添えています。親しみを込めて「お稲荷さん」とも呼ばれ、神社本庁も通称として「お稲荷さん」を挙げています。

Q. 稲荷神社と八幡神社はどちらが多いですか?

A. 主祭神で数えると八幡神社が多くなります。島田裕巳が紹介した神社本庁の調査では、八幡信仰が7,817社で1位、稲荷信仰は2,970社で4位です。ただし稲荷は境内社などを含めると約3万社といわれ、数え方で順位が変わります(幻冬舎plus)。

Q. 稲荷寿司はなぜ「稲荷」と呼ぶのですか?

A. 世界大百科事典は、稲荷鮨の名を「稲荷神の使女とされるキツネが油揚げを好むとするところからの称」と説明し、江戸では「天保(1830-44)の末ごろから」売られたと書いています(コトバンク「稲荷鮨」)。

Q. 初午とは何ですか?

A. デジタル大辞泉は「2月の最初の午の日。また、その日に行われる各地の稲荷神社の祭礼」と説明しています(コトバンク「初午」)。伏見稲荷大社は、711年2月の初午の日に稲荷大神が稲荷山へ鎮座したことにちなみ初午大祭を行っており、「初午の日は毎年変わります」と答えています。

Q. 稲荷神社の神紋は?

A. 伏見稲荷大社は、公式の問答で神紋を「抱き稲の紋です」と答えています。稲穂を向かい合わせに抱いた形の紋です。ほかの稲荷神社の神紋は社ごとに違うので、各社の公式ページで確かめてください。

Q. 稲荷神社で初詣をするならどこが多いですか?

A. 警察庁が発表した2009年の三が日の人出では、伏見稲荷大社が277万人で全国4位、豊川稲荷が107万人でした。伏見稲荷大社の人数は、この年を最後に公表された数が見当たりません。豊川稲荷は2026年の三が日を145万人と発表しています。初詣の行き先は初詣のおすすめ社寺にまとめています。

まとめと参考にした一次情報

稲荷神社は稲荷大神を祀る神社で、総本宮は伏見稲荷大社、狐は神の使いで、怖いと書いた公式は見つかりませんでした。

祭神は宇迦之御魂大神を中心に社ごとに違い、ご利益は五穀豊穣から商売繁昌へ広がりました。数は主祭神で2,970社、境内社なども含めて約3万社といわれ、屋敷神はどちらにも入りません。鳥居の朱は豊穣の色、鳥居の数は奉納の御礼の数です。豊川稲荷と最上稲荷はお寺で、三大稲荷の顔ぶれは伏見稲荷大社自身が特定できないと答えています。自分に合う神社を探すなら神社属性診断、近くの稲荷神社は近くの神社を探すで探せます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次