先に結論だけ
神社本庁は、亡くなってから五十日祭までを「忌」、一年祭までを「服」とし、「忌」の期間である50日を過ぎれば神社の参拝を再開しても差し支えないと案内しています。喪中(服)の1年すべてを控えるようには書いていません。
亡くなった日を1日目として数えると、11月13日以降に亡くなった場合は元日が50日の中に入ります。その年は初詣を忌明け後にずらし、新しいお神札も忌明け後に受けます。ただし忌の日数は続柄や地域で違い、神社本庁も「地域に慣例がある場合、その慣例に従うのが適切」としています。
当サイト(カンナビ)は2026年9月27日に「喪中 初詣」で検索し、上位10件のうち神社の公式ページは1件で、神社本庁や神社庁の原文へリンクしたページは0件だと確かめました。
この記事でわかること
- 行ってよい時期: 控えるのは忌の50日で、喪中の1年ではないという神社本庁の案内です。
- 続柄別の日数: 父母50日以外は神社庁ごとに割れている日数を、6つの系統で並べました。
- 亡くなった時期との関係: 亡くなった日から、元日が忌の中に入るかを引ける早見表です。
- お神札・お寺・鳥居: 神棚の封じ方、お寺への初詣、鳥居の扱いを公式の文面で比べています。
喪中の初詣は行ってよいか|控えるのは忌の50日まで
喪中でも、亡くなってから50日の忌が明けていれば初詣に行ってよいと、神社本庁は案内しています。
控える期間は、喪中と呼ばれる1年全体ではなく、その最初の50日である「忌」の間だけです。下の図は、亡くなった日から一年祭までに重なる4つの期間を同じ物差しで並べたものです。
神社本庁の答えは「50日を過ぎれば差し支えない」
神社本庁は、忌の期間である50日を過ぎれば、神社の参拝や神棚のおまつりを再開してよいと書いています。
原文は「『忌』の期間である50日を過ぎれば、原則として神社の参拝や家庭でのおまつりを再開しても差し支えないと考えられます」です。その前提として「特に慣例がない場合には、五十日祭までが『忌』の期間、一年祭(1周忌)までを『服』の期間とするのが一般的です」とあります(神社本庁「服忌について」)。同じ問答は神社本庁「よくあるご質問」にも載っています。ただし神社本庁のページのどこにも、「喪中の初詣」という問いの形で書いた箇所はありませんでした。初詣も神社の参拝なので、この案内がそのまま当てはまります。
「喪中は1年行けない」と言われる理由
喪中と忌中が同じ意味で使われることがあり、昔は親の喪で1年鳥居をくぐらないとされたためです。
東京都神社庁は「喪中と忌中は本来別の意味ですが、今では同義とすることがあります」と書いています(東京都神社庁のお神札・神棚の問答)。同じ神社庁の問答には、古くは「親の喪にあたる場合には、一年間鳥居をくぐってはならない」とされたが、現在では「最も重い父母の死で五十日」とあります(東京都神社庁の神葬祭の問答)。1年という長さは、昔の決まりと、年賀状を控える喪中の長さが混ざって伝わったものと当サイトは読んでいます。一方で神社本庁は「『服忌』については、地域に慣例がある場合、その慣例に従うのが適切です」とも書いています。家や地域に決まった習わしがあるなら、そちらを先に確かめてください。
喪中と忌中の違い|忌は五十日祭まで、服は一年祭まで
忌は故人の祭りに専念する五十日祭までの期間、服は哀悼の気持ちを表す一年祭までの期間です。
喪中という言葉は、兵庫県神社庁の説明では「忌」と「服」の両方を含む広い意味です。神社の参拝を控えるのは、このうち「忌」の間だけです。
| 区分 | 忌(忌中) | 服(喪中) |
|---|---|---|
| 意味 | 故人の祭りに専念する期間 | 故人への哀悼の気持ちを表す期間 |
| 長さ(慣例がない場合) | 五十日祭まで(仏式は四十九日) | 一年祭(一周忌)まで |
| 神社の参拝 | 控える。やむを得ない場合はお祓いを受けてから | 差し支えない(神社本庁・北野天満宮・宮城県神社庁) |
| 神棚のおまつり | 白い半紙などで封じて中断する | 再開する |
| お神札 | 忌明け後に受ける | 受けてよい |
| 年賀状 | 出さない | 控える(喪中はがき) |
表の出どころは神社本庁「服忌について」・北野天満宮のよくある質問・兵庫県神社庁です。
忌と服の意味
神社本庁は、忌を「故人の祭りに専念する期間」、服を「故人への哀悼の気持ちを表す期間」と定義しています。
神社本庁は「特に、忌の期間には神社の参拝や家庭でのおまつり(神棚のおまつり)も控える必要があります」と書き、服の期間に参拝を控えるようには書いていません。服の長さは神社庁でも違い、兵庫県神社庁は「長くても半年位を目安にするとよいでしょう」、北海道神社庁は「最も長くても(父母、夫妻)一年で『喪明け』となります」としています。辞書も、デジタル大辞泉は喪中を「喪に服している期間」とだけ書いて長さを決めておらず、忌中は「普通は死後49日間をいう」としています(コトバンク「喪中」・コトバンク「忌中」)。
喪中はがきを出す範囲は二親等以内が目安
喪中はがきは、差出人の二親等以内の人が亡くなったときに出すのが一般的だと郵便局の案内にあります。
郵便局のプリントサービスの問答は「差出人様の二親等以内の方が亡くなった場合に出すのが一般的ですが、最近では故人さまとの間柄にもよってはそれ以外の方が亡くなられた場合も、お出しになる方が多くいらっしゃいます」と答えています(郵便局のプリントサービスのよくある質問)。喪中はがきを出す範囲と、神社の参拝を控える忌の範囲は別の話です。忌の範囲は次の節の表で確かめてください。
忌の日数は続柄でどう違うか|父母50日以外は割れている
父母の忌を50日とする点はほぼ共通ですが、それ以外の続柄の日数は神社庁や神社ごとに違います。
下の表は、公式が載せている日数表を6つの系統に分けて並べたものです。列の見出しに、それが何の数字かを書きました。どれか1つが正しいという表ではありません。
| 続柄 | 明治7年の布告の数字(福岡県神社庁・太宰府天満宮) | 神社庁の現代の目安(大阪府・兵庫県・北海道) | 北野天満宮の参考表 | 宮城県神社庁の目安(忌/喪) | 埼玉県神社庁(別居の場合) | 神職服忌心得(神職向けの規程) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 父母 | 50日 | 50日 | 50日 | 10日/50日 | 10日 | 10日 |
| 夫 | 30日 | 50日 | 30日 | 10日/50日 | 10日 | 10日 |
| 妻 | 20日 | 50日 | 20日 | 10日/50日 | 10日 | 10日 |
| 子 | 20日 | 50日 | 20日 | 10日/50日 | 10日(7歳未満は5日) | 10日(7才未満は5日) |
| 祖父母 | 30日 | 30日 | 30日 | 5日/50日 | 5日 | 5日 |
| 孫 | 10日 | 30日 | 10日 | 5日/50日 | 5日 | 5日 |
| 兄弟姉妹 | 20日 | 30日 | 20日 | 5日/50日 | 5日 | 5日 |
| 曾祖父母 | 10日 | 10日 | 30日 | 2日/― | 2日 | 2日 |
| 伯叔父母(おじ・おば) | 10日 | 10日 | 20日 | 2日/20日 | 2日 | 2日 |
| 甥・姪 | 3日 | 10日 | 3日 | 2日/20日 | 2日 | 2日 |
| いとこ | 3日 | 3日(その他の親族) | 3日 | 1日/20日 | 1日 | 1日(その他) |
出どころは福岡県神社庁の服忌表・太宰府天満宮のよくある質問・大阪府神社庁のQ&A・兵庫県神社庁・北海道神社庁 Q&A 13・北野天満宮・宮城県神社庁・埼玉県神社庁・東京都神社庁です。宮城県神社庁は父母の忌を10日とし、喪を50日としている点で、ほかの系統と数字の置き方が違います。
明治の布告の日数と、神社庁の現代の目安
明治7年の布告の数字は夫30日・妻20日と男女で違い、神社庁の現代の目安は夫も妻も50日です。
福岡県神社庁と太宰府天満宮は同じ数字の表を「明治7年太政官布告」として載せ、姻族は「これよりおよそ一段下げる」と注記しています。大阪府神社庁と兵庫県神社庁は、父母・夫・妻・子50日、祖父母・孫・兄弟姉妹30日、曾祖父母・曾孫・甥・姪・伯叔父母10日、その他の親族3日という同じ表を載せています。北海道神社庁は「平成15年に北海道神社庁では、全道の神社にアンケート調査を実施し、大まかな服忌期間の目安を作成しました」と書き、同じ日数を挙げています。太宰府天満宮は、現在は明確な規定が無く「長くても50日を過ぎれば問題ないでしょう」としています。
同居か別居かで分ける神社庁と、神職の服忌
埼玉県神社庁は同居の家族なら続柄を問わず50日、別居なら父母でも10日と、住まいで分けています。
兵庫県神社庁も「同居している家族が亡くなった場合には、葬式を行った家そのものに『忌』が生じることになり、その期間は五十日間です」と書いています。北海道神社庁は、親戚が亡くなった場合は「お葬式を出した家でなければ、通常のおまつりを行って構いません」としています。東京都神社庁は、神職自身が守る「神職服忌心得」(昭和23年12月18日制定)を載せ、父母・夫・妻・子を10日としています。埼玉県神社庁の別居の日数や宮城県神社庁の忌の日数は、この心得と同じ数字です。心得は神職向けの規程なので、一般の家庭の決まりとして読むものではありません。
喪中の初詣はいつから行けるか|亡くなった日から50日目を数える
亡くなった日を1日目として50日目が五十日祭の目安で、その翌日からが忌明けの後になります。
神社本庁は五十日祭を「亡くなってから50日目に行います」と書いています(神社本庁「神葬祭」)。下の表は、亡くなった日から50日目がいつになるかを当サイトが計算したものです。
| 亡くなった日 | 50日目(五十日祭の目安) | 元日は忌の中か | 仏式の四十九日(参考) |
|---|---|---|---|
| 10月1日 | 11月19日 | 入らない | 11月18日 |
| 10月20日 | 12月8日 | 入らない | 12月7日 |
| 11月1日 | 12月20日 | 入らない | 12月19日 |
| 11月12日 | 12月31日 | 入らない | 12月30日 |
| 11月13日 | 翌年1月1日 | 入る | 12月31日 |
| 11月20日 | 翌年1月8日 | 入る | 翌年1月7日 |
| 11月27日 | 翌年1月15日 | 入る | 翌年1月14日 |
| 12月1日 | 翌年1月19日 | 入る | 翌年1月18日 |
| 12月20日 | 翌年2月7日 | 入る | 翌年2月6日 |
| 12月31日 | 翌年2月18日 | 入る | 翌年2月17日 |
50日目(五十日祭の日)までを忌として数えました。神社本庁の流れでは、五十日祭を終えたあとに清祓を行い、神棚のおまつりを再開します。
11月13日以降に亡くなると元日は忌の中
11月12日までに亡くなれば50日目は年内で、11月13日以降なら元日が50日の中に入ります。
11月13日に亡くなった場合は、1月1日がちょうど50日目です。この場合、初詣は五十日祭と清祓を終えてからにします。反対に10月や11月初めに亡くなっていれば、年末までに忌が明けるので、例年どおり初詣に行けます。父母以外の続柄で30日や20日とする表に従う場合は、元日が忌にかかる境目も早い日付にずれます。
数え方の違いで1日ずれる
神式で亡くなった日を1日目とすると定めた公式は見つからず、数え方によって1日ずれることがあります。
当サイトは、神社本庁・神社庁・神社を探しましたが、亡くなった当日を1日目に数えると明記した神式の公式は見つけられませんでした。仏式では、天台宗が「初七日 亡くなったその日を一日目として数え、七日目」、浄土真宗本願寺派が「死亡日から数えて七日目を初七日」と書いています(天台宗・浄土真宗本願寺派)。表は同じ数え方で作りました。五十日祭の日取りは、神葬祭をお願いした神社に確かめてください。
忌が明けていなければ小正月・旧正月に
兵庫県神社庁は、忌明けしていなければ正月を小正月または旧正月にずらすと書いています。
原文は「『忌明け』していない場合には、小正月または旧正月にします」です。日本大百科全書も「忌中の間は神社に参らないから、忌明けのおりに進んで神参りをする所もあり」と書いています(コトバンク「喪」)。初詣の期限を定めた公式は開いた範囲に無く、当サイトは、忌明けの後の最初の参拝をその年の初詣と考えてかまわないと判断しています。参拝の作法は参拝の作法にまとめています。
神社が喪中・忌中について書いていること|31件を開いた結果
神社本庁・神社庁・神社の公式31件のうち、忌明け後は参拝してよいと明記していたのは9件でした。
当サイトは2026年9月27日に、神社本庁、都道府県の神社庁13か所、主な神社17社の公式ページを開き、参拝の可否をどう書いているかで分けました。
| 書き方 | 件数 | 該当する公式 |
|---|---|---|
| 忌中は控え、忌明け後(喪中)は参拝してよいと明記 | 9 | 神社本庁・兵庫県・福岡県・北海道・宮城県・埼玉県の各神社庁、太宰府天満宮・北野天満宮・生田神社 |
| 忌中は控えるとだけ書く | 2 | 大阪府神社庁・広島県神社庁 |
| 「喪中」の語で控えるよう書く | 1 | 東京都神社庁(喪明けの目安は最長50日) |
| 神棚のことだけ書く | 2 | 愛知県神社庁・京都府神社庁 |
| 喪中・忌中に触れていない | 16 | 明治神宮・伏見稲荷大社・熱田神宮・出雲大社・八坂神社・伊勢神宮ほか |
| ページを開けなかった | 1 | 千葉県神社庁 |
「喪中は1年参拝してはいけない」と書いた公式は、31件の中に1件もありませんでした。東京都神社庁は「喪中の間は神事や祝い事は遠慮しなければなりません」と書きますが、喪明けの目安を「最長で五十日(親や子、配偶者の場合)」としています。
忌明け後は参拝してよいと明記した9件
9件はどれも、控えるのは忌の間で、その後は参拝してよいという同じ組み立てで書いています。
北野天満宮は「その後は『服』の期間で、故人への哀悼の気持ちを表し、年賀状を控えたりしますが、神社への参拝は差し支えありません」と書いています。生田神社は「喪中であっても忌中(50日間)以降はお参り下さい」、宮城県神社庁は「日常生活を営む以上、神棚まつりや神社参拝なども差し支えありません」です(生田神社のよくある質問)。太宰府天満宮も「神社への参拝は『忌』の期間を過ぎれば差し支えありません」としています。
喪中の正月は気持ち次第とする神社庁
福岡県神社庁は、忌明け後の喪中の正月の参拝について「ご自身の気持ち次第」と書いています。
原文は「この期間におけるお正月等の参拝については、ご自身の気持ち次第となるでしょう」です(福岡県神社庁のよくある質問)。参拝してよいかどうかではなく、祝い事を控えたい気持ちがあるなら控えてもよい、という書き方です。行かなければならない決まりも、行ってはいけない決まりもありません。
初詣とは何か|定義と成り立ち
初詣は正月にその年初めて社寺に参詣することで、この呼び名は明治の中ごろに定着しました。
デジタル大辞泉は「初詣で」を「正月、その年初めて社寺に参詣すること」と説明しています(コトバンク「初詣で」)。国立国会図書館の解説によると、鉄道の開業で川崎大師への参詣客が増え、「1880年代半ば頃には、縁日にも恵方にもこだわらない『元日の川崎大師詣』が定着し、これが『初詣』と呼ばれるようになった」とされます(国立国会図書館「本の万華鏡」)。元日に行くことを定めた決まりではないので、忌明けを待ってからの参拝も初詣です。行き先は初詣のおすすめ社寺から選べます。
喪中の初詣はお寺ならよいか|寺院の書き方は3通り
寺院の公式は、喪中こそ参拝をすすめる寺、四十九日後なら可とする寺、地域で様々とする宗派に分かれます。
寺院と宗派の公式14件を開き、喪中の初詣や参拝について書いている所を並べました。
| 寺院・宗派 | 書き方 | 原文 |
|---|---|---|
| 成田山新勝寺 | 喪中こそ参拝をすすめる | 「むしろ、喪に服している時こそ、亡き人の追善供養のため、お不動さまにおまいりください。」 |
| 西新井大師 | 四十九日の法要後なら可 | 「当山では、七七日忌の法要がお済みであればどちらも大丈夫です。」 |
| 曹洞宗 | 地域で様々。菩提寺や神社に相談 | 「寺院への参拝は『新年のお詣りは避ける』もしくは『特に避けることは無い』というように様々です。」 |
| 真宗大谷派 | 死を穢れとする考えを否定 | 「これらは迷信にすぎません。」(清め塩について) |
| 本願寺派・大谷派・浄土宗・天台宗・臨済宗 | 四十九日の説明だけで、初詣には触れない | ― |
出どころは成田山新勝寺のQ&A・西新井大師のよくある質問・曹洞宗のよくある質問・真宗大谷派です。
成田山「喪に服している時こそ」
成田山新勝寺は、仏教では人の死を穢れとみなさないとして、喪中の参拝をすすめています。
成田山の問答は、親戚から喪中は初詣に行ってはいけないと言われた人の問いに答える形です。神道では忌中の参拝を遠慮するのに対して「仏教では、人の死は穢れとみなさず」と書き、遺族そろっての参拝をすすめています。同じ問答にある服忌令の廃止の年は、当サイトが一次の資料で確かめられなかったので、この記事では使っていません。
四十九日を区切りにする寺と、浄土真宗
西新井大師は四十九日の法要後なら参拝も祈願もよいとし、曹洞宗は地域で考え方が様々だとしています。
曹洞宗の問答は、神社については「四十九日までは避ける」「その年は避ける」の両方の考え方があるとして、「菩提寺や、近所の神社に相談されることをおすすめいたします」と結んでいます。浄土真宗は忌中や喪中を気にしないと説明されることがありますが、本願寺派と大谷派の公式ページにその趣旨の原文は見つかりませんでした。大谷派の公式が書いているのは、清め塩のように死を穢れとする考えは迷信だという所までです。
忌中に鳥居をくぐらなければよいのか|神職は「避ければよいではない」
忌中に鳥居だけ避ければ参拝してよいとは、公式も神職の発信も書いていません。鳥居の扱いは割れています。
神社本庁・神社庁・神職の発信で、鳥居と忌・喪の関係に触れていたものを並べました。
| 書いている所 | 鳥居についての記述 |
|---|---|
| 神社本庁 | 鳥居のページに忌・喪の記述なし |
| 北海道神社庁 | 喪が明けるまでは鳥居をくぐらずに脇道から入り、拝殿の正面に立つことは遠慮する(参拝そのものは差し支えない) |
| 東京都神社庁 | 古くは親の喪で「一年間鳥居をくぐってはならない」とされた。現在は父母で50日 |
| 産泰神社(神職の記事) | 「鳥居をくぐらなければ可」ではなく、参拝自体を控える |
| 入見神社(神主のブログ) | 忌中でも鳥居をくぐらなければよいという「解釈は間違っています」 |
| 丸亀春日神社(宮司の記事) | 「鳥居さえ避ければよいという意味ではありません」 |
出どころは神社本庁「鳥居」・北海道神社庁 Q&A 12・産泰神社・入見神社・丸亀春日神社です。
神社本庁と神職の発信
神社本庁の鳥居の説明に忌・喪の記述は無く、神職の3件は鳥居を避けても忌中の参拝は控えると書きます。
丸亀春日神社の宮司は、「鳥居をくぐるな」は本来、神社の敷地に入らないことを指すと説明しています。つまり忌中なら、鳥居を通らずに脇から境内へ入るのも同じく控えることになります。3件とも、忌が明けたあとの喪中の参拝は問題ないという立場です。
北海道神社庁は喪明けまで鳥居の脇から
北海道神社庁だけが、喪中の参拝はよいが喪が明けるまでは鳥居をくぐらず脇道から入ると書いています。
原文は「神社参拝や祭礼行事など、神事に係わることも差し支えありませんが、喪が明けるまでは鳥居をくぐらずに脇道から入り、参拝の際にも拝殿の正面に立つことは遠慮します」です。これは忌中の話ではなく、忌明け後の喪中の作法です。北海道神社庁の管内の神社に参るときの目安です。
喪中のお守り・おみくじ・厄払い|忌明け後はすべて差し支えない
忌が明けたあとは、お守りを受けることも、おみくじも、厄払いなどの祈祷も差し支えありません。
埼玉県神社庁は「この期間が過ぎれば、神社に参拝したり、神棚のおまつり、神社でおふだやおまもりを受けること、神社のお祭りなどの役を務めることはすべて差し支えありません」と書いています(埼玉県神社庁)。
お守りは忌明け後に受ける
お守りは参拝と同じ扱いで、忌の間は受けるのを控え、忌が明けたら受けてかまいません。
神社本庁のお守りのページには、忌・喪についての記述はありませんでした。受けてよいかは、埼玉県神社庁の「おまもりを受けること」も「すべて差し支えありません」という案内がそのまま当てはまります。
おみくじに忌・喪の定めは無い
おみくじを喪中や忌中に引いてよいかを定めた公式は、開いた範囲に1件もありませんでした。
神社本庁のおみくじのページにも、忌・喪の記述はありません。当サイトは、おみくじは参拝の折に引くものと考え、参拝を控える忌の間は引かず、忌が明けてから引くことをすすめます。おみくじの引き方や結び方はおみくじの意味と引き方にまとめています。
厄払いは忌明け後に受ける
厄払いなどの祈祷も、忌の間は受けず、忌明け後に受けます。喪中であること自体は妨げになりません。
神社本庁と広島県神社庁は、忌の間でも「やむを得ない場合にはお祓いを受けてから参拝するのがよいでしょう」としています。厄年の年齢や厄払いの時期は厄年の早見表、厄除けで知られる神社は厄除けのご利益がある神社から探せます。
喪中の神棚とお神札|半紙で封じて、忌明けに新しいお神札へ
忌の間は神棚を白い半紙で封じ、年末年始に忌が重なったときは、新しいお神札を忌明け後に受けます。
神社本庁は「特に、年末年始が忌の期間と重なるときには忌明の後にお神札を受けてください」と書いています。神棚のお神札は毎年新しく取り替えるのが本来の形で、忌の間だけ受ける時期をずらします。
| 書いている所 | 忌中に年末を迎えたときのお神札 |
|---|---|
| 神社本庁 | 忌明けの後にお神札を受ける |
| 神社本庁(神宮大麻の問答) | 受けることは避け、忌が明けてから受けるのが一般的 |
| 広島県神社庁 | 忌明けのときに古いお札を納め、新しいお札を受ける |
| 埼玉県神社庁 | 忌明け後直ちに受け、おふだのない期間をつくらない |
| 北海道神社庁 | 忌中でも受けて半紙などに包んで保管し、忌み明け後に取り替える |
出どころは神社本庁「神宮大麻」・広島県神社庁・北海道神社庁「令和8年お正月情報」です。北海道神社庁だけが、忌中でも先に受けておく書き方です。
神棚封じの手順
神棚に亡くなったことを奉告し、白い半紙を貼るか屏風を立てて、忌明けまでおまつりを止めます。
- 奉告する: 喪主が神棚に、身内が亡くなったことを奉告します。
- 封じる: 神棚の前に白い半紙を貼るか、屏風を立てます。扉を閉じてから貼る神社庁もあります。
- 待つ: 忌が明ける50日の間、お供えやお参りを控えます。
- 再開する: 五十日祭のあとの清祓で半紙を外し、おまつりを再開します。
手順の出どころは神社本庁で、「多くの場合は神棚の面前に白い半紙を貼る、または屏風を立てる等をして、一時的に神棚のおまつりを取りやめます」とあります。愛知県神社庁は、氏神の神社に亡くなったことを伝えて「帰幽奉告」をしてもらうと書いています(愛知県神社庁)。
新しいお神札は氏神の神社で受ける
忌が明けたら、古いお神札を納めて、新しいお神札を氏神の神社などで受けます。
埼玉県神社庁は、おふだが届く時期が忌明けの前にあたって受けるのを控えた場合も、「忌明け後直ちにおふだを受けて、家庭内におふだのない期間をつくらないようにしましょう」と書いています。自分の住む地域の氏神がどこかは氏神の調べ方と氏神チェックで確かめられます。
喪中の正月飾り・年賀状・おせち|神社庁が書いていること
北海道神社庁は忌明け後も門口の正月飾りと年賀状を控えるとし、兵庫県神社庁は忌明けなら支障ないとしています。
北海道神社庁は、喪中の家は外に対して1年間は喪家なので「年賀状と同じく門口の正月飾りは遠慮致します」とし、「新しい神札はお受けし、しめ縄も取替えますが、賑やかな飾り物は付けず、松飾りは立てません」と書いています。
門口の正月飾りと松飾り
北海道神社庁は喪中の1年は松飾りを立てないとし、神棚のしめ縄と新しいお神札は忌明け後に整えるとしています。
兵庫県神社庁は、その家の主人か喪家が忌明けしていれば「お正月を迎えることも、お神札を受けることも年賀状を出すことも、支障ありません」と書いており、北海道神社庁より控える範囲が狭い書き方です。どこまで控えるかは、地域の習わしを家族で確かめて決めてください。
年賀状とおせち
北野天満宮や北海道神社庁は喪中の年賀状を控えるとし、出せなかった相手には寒中見舞いを出す方法があります。
兵庫県神社庁は「喪中で年賀状が出せなかった場合等には、寒中見舞状を出すことができる」と書いています(兵庫県神社庁の年賀状の問答)。おせちを食べてよいかを書いた公式は、開いた範囲にありませんでした。日本大百科全書は、死後49日までに正月がくれば正月行事はしないが、日がたっていれば年の暮れに共同飲食をして「改めて普通の正月を迎える例がある」と、地域の習わしを紹介しています。
忌中に参拝してしまったとき・どうしても祈願したいとき
知らずに参拝しても過度に気にする必要はなく、どうしても祈願したいときは郵送祈願や代参があります。
忌中の参拝を責める言葉は、今回開いた公式には見当たりませんでした。
知らずに参拝しても過度に気に病まない
産泰神社の神職は、忌中と知らずに参拝した場合も「過度に気に病む必要はありません」と書いています。
気付いた後は、忌が明けるまで参拝を控え、忌明け後にあらためて参拝すれば十分です。北野天満宮は「葬儀参列・お墓参り・法事等をされた日の神社参拝はご遠慮ください」としているので、葬儀の帰りに神社へ寄ることは避けてください。
お祓いを受けてから参拝する・郵送祈願と代参
神社本庁は、やむを得ない場合はお祓いを受けてから参拝するとよいと書き、太宰府天満宮は郵送祈願と代参を受けています。
太宰府天満宮は「お参りを控えるべき期間中に、受験などどうしてもご祈願を行いたい場合には、郵送によるご祈願のお申し込みを承っております」と書き、「代参(代理参拝)もまた古来の風習です」としています。ほかの神社で同じことをしたいときは、お願いしたい神社に電話で相談してください。太宰府天満宮と北野天満宮は、当サイトに神社のページもあります。
喪中の年の初詣を決める手順
亡くなった日、続柄と同居かどうか、地域と神社の慣例の3つを確かめれば、行ける日が決まります。
- 亡くなった日を確かめる: 50日目が元日より前なら、例年どおり初詣に行けます。早見表で確かめてください。
- 続柄と同居かどうかを確かめる: 同居の父母なら宮城県神社庁の表を除いて50日、配偶者・子・別居の家族は表によって日数が変わります(埼玉県神社庁は別居の父母・配偶者・子を10日)。
- 地域と神社の慣例を確かめる: 神社本庁は地域の慣例を先にしています。迷ったら氏神の神社に聞いてください。
近くの神社は近くの神社を探すで探せます。どの日を避けるべきかという暦の話(六曜など)は、初詣に行ってはいけない日で扱っています。
よくある質問
Q. 忌引の日数と忌の日数は同じですか?
A. 同じではありません。国家公務員の忌引の休暇は、人事院規則15-14の別表で配偶者と父母が7日、子が5日、祖父母と兄弟姉妹が3日、孫が1日です(e-Gov法令検索)。兵庫県神社庁は、忌引は休むことのできる日数で「『忌』の期間そのものではなく、一部に過ぎません」と書いています。
Q. 葬儀に参列しただけでも神社参拝を控えますか?
A. 北野天満宮は、葬儀参列・お墓参り・法事などをした「日」の神社参拝を控えるよう書いています。控えるのはその日だけです。北海道神社庁は、親戚が亡くなっても、お葬式を出した家でなければ通常のおまつりをしてよいとしています。
Q. 喪中に七五三やお宮参りをしてよいですか?
A. 忌が明けていれば差し支えありません。埼玉県神社庁は、忌明け後は神社のお祭りなどの役を務めることも「すべて差し支えありません」と書いています。お祝いの日取りを忌明け後にずらす場合は、ご祈祷を受ける神社に予約の時期を相談してください。
Q. 服忌令はいつ決められ、今も有効ですか?
A. 江戸幕府の服忌令は1684年に定められ、1736年に最終的に確定しました。明治7年(1874年)10月17日の太政官第108号布告で、幕府の服忌令の形に統一されています(日本法令索引〔明治前期編〕・コトバンク「服忌令」)。百科事典マイペディアは、第2次大戦後は「全く拘束力を失った」と書いています。
Q. 配偶者の親族の日数はどう数えますか?
A. 大阪府神社庁と兵庫県神社庁は、配偶者の親族は「前項を一項づつ繰り下げた日数による」としています。たとえば配偶者の父母は、祖父母などと同じ30日になります。福岡県神社庁の明治の表の注も、姻族は「これよりおよそ一段下げるのがふつう」です。
Q. 喪中の年に厄年が重なったら、厄払いは節分を過ぎても間に合いますか?
A. 間に合います。神社本庁は厄払いを受ける時期に決まりは無いとしており、忌明け後に受ければ差し支えありません。12月に亡くなって忌明けが2月になる場合も、忌明け後に受けてください。
まとめと参考にした一次情報
喪中でも、控えるのは亡くなってから五十日祭までの忌で、忌が明ければ初詣に行ってかまいません。
11月13日以降に亡くなった場合は元日が忌の中に入るので、初詣とお神札は忌明け後にします。忌の日数は父母50日以外は神社庁で割れ、同居か別居かで分ける所もあります。お寺は喪中こそ参拝をすすめる寺もあり、鳥居だけ避ければよいとは神職も書いていません。迷ったら氏神の神社に聞き、地域の慣例に合わせてください。行き先は初詣のおすすめ社寺、参拝の予定は参拝プランで立てられます。
