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日牟禮八幡宮(近江八幡)とは|読み方・ご祭神・ご利益と左義長まつり、御朱印・駐車場を公式で確かめた

日牟禮八幡宮(近江八幡)とは|読み方・ご祭神・ご利益と左義長まつり、御朱印・駐車場を公式で確かめた

先に結論だけ

日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)は滋賀県近江八幡市宮内町の八幡宮で、御祭神は譽田別尊(応神天皇)・息長足姫尊(神功皇后)・比賣神の三柱です。公式は「厄除開運の神様」と書き、近江商人の守護神として崇敬を集めたと説明しています。

春の火祭りは2つあります。左義長まつりは3月14・15日に近い土・日(2027年は3月13日・14日)、八幡まつりは4月14〜16日で、どちらも国が記録作成を求める無形の民俗文化財「近江八幡の火祭り」に選ばれています。

御朱印とお守りの初穂料は公式サイトに書かれていません。参拝は門が無いので24時間でき、車は神社前の馬場に止めます(台数・料金は公式に記載なし)。

当サイト(カンナビ)は2026年10月9日に「日牟禮八幡宮」で検索し、上位の解説ページ13本のうち出典を示さないページが9本、御朱印の初穂料を書いたページが2019年の個人ブログ1本だけ、お守りの初穂料を書いたページは0本であることを確かめました。この記事では、日牟禮八幡宮の公式サイト、近江八幡観光物産協会、文化庁のデータベース、滋賀県の統計、辞典の原文を確かめ、資料ごとに違うところは主語を付けて並べました。

この記事でわかること

  • どんな神社か: 読み方、「禮」と「礼」の字、三柱の御祭神と、131年から始まる社伝の歴史です。
  • ご利益と見どころ: 公式が書くご利益、近江商人と重要文化財の安南渡海船額、楼門や能舞台です。
  • 2つの火祭り: 左義長まつりと八幡まつりの日程・時間と、文化財としての扱いです。
  • 参拝の実務: 御朱印・お守り・ご祈祷、参拝時間、バスと駐車場、門前の八幡堀との位置です。

八幡宮そのもの(八幡神とは何か、総本宮の宇佐神宮)は八幡神社とはにまとめています。

目次

日牟禮八幡宮とは|近江八幡市宮内町の八幡宮で、読みは「ひむれはちまんぐう」

日牟禮八幡宮は滋賀県近江八幡市宮内町にある八幡宮で、読みは「ひむれはちまんぐう」です。

公式サイトは所在地を「滋賀県近江八幡市宮内町257」と書いています(日牟禮八幡宮 公式サイト)。『日本歴史地名大系』は読みを「ひむれはちまんぐう」とし、場所を「鶴翼(かくよく)山の南麓、八幡堀の北側」と説明しています(コトバンク「日牟礼八幡宮」)。鶴翼山は今の八幡山のことで、神社は山のふもとに建っています。

項目内容出典
読み方ひむれはちまんぐう日本歴史地名大系
所在地滋賀県近江八幡市宮内町257公式サイト
電話(社務所)0748-32-3151公式サイト
御祭神譽田別尊・息長足姫尊・比賣神公式「御祭神」
公式のご利益厄除開運(授与品では商売繁昌・交通安全なども)公式「御守・授与品」
社格旧県社(1916年)、1966年に神社本庁の別表神社公式「由緒」
重要文化財安南渡海船額(1907年指定)文化庁 国指定文化財等データベース
火祭り近江八幡の火祭り(1992年に国が選択)文化庁 国指定文化財等データベース

表の内容は2026年10月9日に各ページで確かめました。

読み方と「禮」「礼」の字

正式な社名は「日牟禮八幡宮」で、辞典や文化庁の資料には「日牟礼八幡宮」の字で載っています。

公式によると、1966年に神社本庁の別表神社に加わったときに「神社名を日牟禮八幡宮と改称しました」とあります(日牟禮八幡宮「由緒」)。『日本歴史地名大系』は「古くは比牟礼社といい、檜牟礼・日群・日触・比布礼などとも記し」と書き、同じ「ひむれ」に多くの字が当てられてきたことが分かります。Google広告のキーワードプランナーでは「日牟禮八幡宮」が月18,100回、「日牟禮八幡宮 読み方」が月590回、「日牟礼八幡宮」が月110回検索されていました(2026年10月9日取得)。

「近江八幡」の地名の由来とされる神社

公式は、この地に八幡さまが祀られていたことが「八幡」の地名と市の名前の由来になったと書いています。

公式サイトのトップは「当地に八幡さまが祀られていたことが、八幡の地名となり、昭和29年の市制移行後の「近江八幡」の由来になったと言われています」と説明しています。『日本歴史地名大系』の「八幡町」の項も、町名の由来になった日牟礼八幡宮の門前にあたる町だと書いています(コトバンク「八幡町」)。市の名前の「八幡」は、この神社に由来すると神社自身が説明している形です。

滋賀県の観光地で10位の参拝者

滋賀県の統計では、日牟禮八幡宮には2024年に約63万人が訪れ、県内の観光地で10位でした。

滋賀県の観光入込客統計の「令和6年観光入込客数ベスト30」で、日牟禮八幡宮は634,000人で10位、前年も10位でした(滋賀県「観光入込客統計調査」(PDF))。同じ表の1位も近江八幡市の「ラ コリーナ近江八幡」で、近江八幡市全体では2024年に約494万人が訪れています。

御祭神は譽田別尊・息長足姫尊・比賣神の三柱

御祭神は応神天皇の譽田別尊、その母の神功皇后にあたる息長足姫尊、三柱の女神の比賣神です。

公式の「御祭神」のページは、譽田別尊を「人皇第十五代應神天皇の御神霊」、息長足姫尊を「應神天皇の御母君 攝政の宮として統治された神功皇后の御神霊」と書いています(日牟禮八幡宮「御祭神」)。辞典の『日本歴史地名大系』は「誉田別命・比売神・息長足姫命」と書き、字は違いますが同じ三柱です。

比賣神は三姫神で、玉依姫とも呼ぶ

比賣神は田心姫命・湍津姫神・市杵嶋姫命の三姫神で、公式は玉依姫とも呼ぶと書いています。

公式は比賣神を「田心姫命(たごりひめのみこと)・湍津姫神(たぎつひめのみこと)・市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)の三姫神の御神霊。玉依姫(たまよりひめ)とも称して奉ります」と説明しています。

八幡宮とは|総本宮は大分県の宇佐神宮

八幡宮は八幡神を祀る神社の総称で、総本宮は大分県宇佐市の宇佐神宮です。

『デジタル大辞泉』は八幡宮を「八幡神を祭神とする神社の総称」と書いています(コトバンク「八幡宮」)。宇佐神宮は自らを「全国に4万社あまりある八幡様の総本宮」と紹介しています(宇佐神宮 公式サイト)。辞典では全国の数を「4万余」とするものと「2万4000余」とするものがあり、数え方で幅があります。八幡神の正体や三大八幡宮の話は八幡神社とはに、京都の石清水八幡宮は個別のページにまとめています。

日牟禮八幡宮の歴史|社伝は131年、辞典は寛弘年間、991年に宇佐八幡宮を勧請

社伝は131年の大嶋大神に始まり、991年に宇佐八幡宮を迎えたとし、辞典は創建を寛弘年間と書きます。

年出来事出典
131年(社伝)成務天皇の命で武内宿禰が地主神の大嶋大神を祀る公式「由緒」
275年(社伝)応神天皇の行幸のあと「日群之社八幡宮」と名付ける公式「由緒」
691年(社伝)藤原不比等が参拝して歌を詠み、「比牟礼社」と改めたとも伝わる公式「由緒」
991年一条天皇の勅願で八幡山に宇佐八幡宮を勧請(上の社)公式「由緒」
1005年山麓に遥拝所を建てる(下の社)公式「由緒」
1004〜1012年寛弘年間の草創といわれる日本歴史地名大系
1585年豊臣秀次の八幡山城の築城で上の社を下の社に合わせて祀る公式「由緒」・日本歴史地名大系
1600年徳川家康が関ヶ原の後に参拝し、御供領50石を寄せる公式「由緒」
1647年西村太郎右衛門が安南渡海船額を奉納(奉納銘)日本人名大辞典
1916年県社に列せられる公式「由緒」
1966年神社本庁の別表神社に加わり、日牟禮八幡宮に改称公式「由緒」

年表は2026年10月9日に各資料で確かめました。131年・275年・691年は神社に伝わる話(社伝)で、記録で確かめられた年ではありません。

社名の移り変わり|日群之社から比牟礼社、日牟禮八幡宮へ

公式は、日輪を二つ見た奇瑞から「日群之社」、不比等の歌から「比牟礼社」と呼ばれたと伝えています。

公式の由緒は、応神天皇6年(275年)に天皇が近江に行幸した帰りに休んだ仮屋の跡で「日輪(太陽)の形を二つ見るという奇瑞」があり、祠を建てて「日群之社八幡宮」と名付けたと書いています。持統天皇5年(691年)には藤原不比等が「天降の 神の誕生の八幡かも ひむれの杜に なびく白雲」と詠み、この歌にちなんで「比牟礼社」と改めたとも伝わるとしています。一方で公式は、和珥氏の日觸使主(ひふれのおみ)という人物の「日觸」が転じて社名になったとする説も並べています。

社名と社の移り変わり(131年・275年・691年は社伝) 131年 大嶋大神 275年 日群之社 八幡宮 691年 比牟礼社 991年・1005年 上の社 八幡山に勧請 下の社 山麓の遥拝所 1585年 秀次の築城で 一社に 1966年 日牟禮八幡宮 に改称 日本歴史地名大系は、草創を寛弘年間(1004〜1012年)と伝える
出典:日牟禮八幡宮公式「由緒」、日本歴史地名大系。年の間隔は実際の長さに合わせていない模式図。

上の社と下の社|秀次の八幡山城で一社に

八幡山の上の社と山麓の下の社は、1585年に豊臣秀次が八幡山城を築いたときに一社になりました。

公式は、991年に一条天皇の勅願で八幡山に社を造営して宇佐八幡宮を勧請し、1005年に山麓に遥拝所を建てて、山上の社を「上の社」、遥拝所を「下の社」と呼んだと書いています。1585年、豊臣秀次は八幡山城を築くため上の八幡宮を下の社に合わせて祀り、替わりの地に日杉山を予定しましたが、秀次の自害で造営されず「現在のように一社の姿となりました」とあります。『日本歴史地名大系』も、鶴翼山の上にあった上社を1585年の築城のときに下社に合祀したと伝えると書いています。

創建の年は資料で違う

創建は、社伝が131年、『日本歴史地名大系』が寛弘年間(1004〜1012年)と、資料で大きく違います。

『日本歴史地名大系』は「草創は寛弘年間(一〇〇四―一二)のことといわれる」と書き、『デジタル大辞泉プラス』は「平安時代の創祀とされ」と書いています。どちらかを正しいとする資料は無く、この記事では両方を載せています。

家康の参拝と近代の社格

1600年に徳川家康が参拝して御供領50石を寄せ、近代には郷社・県社を経て1966年に別表神社になりました。

公式は、家康が関ヶ原の後に参拝して武運長久を祈り、御供領50石の地を寄付したと伝えています。近代の社格について、公式は「明治六年(一八七六)には郷社、大正五年(一九一六)には県社に列せられました」と書いています。明治6年は西暦では1873年にあたり、公式の和暦と西暦が合っていません。この記事では郷社の年を公式の表記のまま載せ、どちらが正しいかは決めていません。

ご利益|公式は厄除開運、近江商人の守護神として商売繁盛も

公式は八幡さまを厄除開運の神様と書き、由緒では近江商人の守護神として崇敬を集めたと説明します。

公式の授与品のページは「八幡さまは、昔から厄除開運の神様として崇められています」と書いています(日牟禮八幡宮「御守・授与品」)。由緒のページは「厄除開運、商売繁盛などの御利益がある、近江の守護神として、広く信仰を集めてきたのです」とまとめています。近江八幡観光物産協会も「商売繁盛や厄除けのご利益があるとされ」と紹介しています(近江八幡観光物産協会「日牟禮八幡宮」)。

ご利益・祈願公式の書き方関連する一覧
厄除開運「厄除開運の神様として崇められています」厄除けの神社
商売繁盛「厄除開運、商売繁盛などの御利益」「近江商人の守護神」商売繁盛の神社
交通安全「交通安全(自動車清祓)」・御申守—
家内安全・旅行安全・工事安全授与品・祈祷の項目に並ぶ—
学業成就・進学・就職「学業成就と進学達成・就職の奉告」学業の神社
安産・心願成就・必勝授与品・祈祷の項目に並ぶ仕事・勝負の神社

表の「公式の書き方」は公式の授与品・神前祈祷・由緒のページから写しました(2026年10月9日確認)。

公式が並べるご利益

公式は厄除・厄祓のほか、交通安全・家内安全・商売繁昌・学業成就・安産など10の祈願を挙げています。

授与品のページは「厄除・厄祓のほか交通安全(自動車清祓)、家内安全、商売繁昌、旅行安全、工事安全、学業成就と進学達成・就職の奉告、安産祈願、心願成就、必勝祈願など様々な御利益の御神札、御守、絵馬を授与しております」と書いています。ご利益は神社が祀る神の働きとして書かれているもので、願いがかなうことを約束するものではありません。厄年の数え方は厄年の早見表にまとめています。

近江商人と安南渡海船額

安南渡海船額は、ベトナムで財をなした近江商人の西村太郎右衛門が奉納した絵馬で、国の重要文化財です。

公式は、安南屋西村太郎右衛門が安南(ベトナム)で財をなして帰国したものの、鎖国のため上陸が許されず、自らの姿を絵馬にして郷里の神社に奉納したと書いています。文化庁のデータベースでは「安南渡海船額」は1907年5月27日に重要文化財に指定され、所有者は「日牟礼八幡神社」です(文化庁「安南渡海船額」)。年代はデータベースが1644年、『日本人名大辞典』が奉納銘の正保4年(1647年)と書き、資料で違います(コトバンク「西村太郎右衛門」)。

境内の見どころ|楼門・拝殿・能舞台・県指定の木造鳥居、屏風岩と鏡池

境内には彫刻のある楼門、源頼朝の造営と伝わる拝殿、能舞台、県指定の木造鳥居が並びます。

建物公式の説明年
木造明神鳥居滋賀県指定有形文化財、総高8.8m1616年(元和2年)造営
楼門佐々木六角氏の造営、「四方猿の御門」とも1359年造営・1858年再建・1971年に上部を復興
拝殿源頼朝が佐々木六角に命じて造営公式は「文治三年(一一八八)」と表記
本殿三間社流造、宇佐の神を勧請して創建991年(正暦2年)
能舞台鏡板の老松は北垣光鱗の筆1899年(明治32年)新築
絵馬殿切妻屋造1829年(文政12年)再建
手水舎寛文9年(1669年)銘の手水鉢1858年(安政5年)再建

表は公式の「本殿以下主要建物」から写しました(2026年10月9日確認。日牟禮八幡宮「本殿以下主要建物」)。

楼門と拝殿

楼門は1359年に建ち、左義長の火で焼けたあと1858年に建て直された「四方猿の御門」です。

公式によると、楼門は近江の守護の佐々木六角氏が延文4年(1359年)に造営し、左甚五郎作の彫刻が施されていました。安政2年に左義長で焼け、安政5年(1858年)に再建され、彫刻から「四方猿の御門」とも呼ばれます。1970年には八幡まつりで上部が焼け、翌1971年に復興しました。拝殿は公式が「文治三年(一一八八)」に源頼朝が佐々木六角に命じて造営したと書いています(文治3年は西暦では1187年にあたります)。本殿の鬼瓦は2018年9月の台風で落ちて壊れ、2019年5月に銅製に改めたと公式は書いています。

能舞台と能「日觸詣」

能舞台は1899年に建てられ、神社ゆかりの能「日觸詣」が同じ年に初めて演じられました。

公式は、能舞台の新築にあわせて神社ゆかりの能楽「日觸詣(ひむれもうで)」を観世流で作り、1899年11月28日に演じたと書いています。1993年7月に「九十三年ぶりに復活」したとあります。2026年秋も能舞台で奉納芸能が予定され、観覧は無料(一部有料席あり)と公式が告知しています。

屏風岩・鏡池と境内社

本殿の裏には屏風岩と鏡池があり、境内には地主神を祀る大島神社など9つの末社があります。

公式の「境内社等」のページは、鏡池を「嘘偽の心にて顔を水に写すと池に没すと云う」と伝え、後ろの大岩を「鏡岩又は屏風岩と云い、神座を護る岩」と書いています(日牟禮八幡宮「境内社等」)。末社は大島神社・岩戸神社・天満宮・宮比/子安神社・常盤神社・繁元稲荷・八坂神社・恵比須神社・愛宕/秋葉神社の9社です。大島神社は「八幡宮勧請以前の地主神」と伝わります。

左義長まつり|3月14・15日に近い土日、2027年は3月13・14日

左義長まつりは3月14・15日に近い土・日に行われ、公式は2027年を3月13日・14日と告知しています。

公式の恒例祭典のページは「左義長祭 三月十四、十五日に近い土・日(令和九年は三月十三日・十四日)」と書いています(日牟禮八幡宮「恒例祭典」)。2026年は3月14日・15日に行われました。左義長祭のページによると雨天決行です(日牟禮八幡宮「左義長祭」)。近江八幡観光物産協会は「例年5万~7万人もの人々で賑わう」と書いていますが、公式に人数の記載はありません(近江八幡観光物産協会「左義長まつり」)。

日時刻行事
前日(金)13時30分御鬮(みくじ)祭
1日目(土)12時30分まで宮入り
1日目(土)13時30分渡御出発
1日目(土)17時30分ごろ渡御帰着・ダシコンクールの審査発表と表彰式
2日目(日)10時左義長大祭
2日目(日)18時子ども左義長の奉火
2日目(日)20時左義長5基を一斉に奉火
2日目(日)20時20分〜6番以下を奉納順に奉火
2日目(日)22時40分最後の左義長を奉火

時刻は公式の左義長祭のページから写しました(2026年10月9日確認)。年によって変わることがあるので、行く年の告知を公式の新着情報で確かめてください。

左義長とダシ

左義長は高さ約3mの松明に、十二支にちなむ飾りの「ダシ」を載せたもので、町ごとに作って奉納します。

公式は左義長の本体を「新藁を美しく十二段の段状に重ね、高さ約三メートルにおよぶ三角錐状の松明と杉葉の頭を付けます」と説明しています。文化庁のデータベースは、ダシを「十二支にちなんだ立体的な作りもの」とし、豆や胡麻などの穀類、昆布・干海老などの乾物を表面に貼って作ると書いています。2026年の第74回ダシコンクールは、午(うま)年のダシで池田町が優勝したと公式が発表しています。由来について公式は、織田信長が安土で左義長に派手な装いで踊り出たという『信長記』の一節を引いています。

国が選んだ「近江八幡の火祭り」

左義長まつりと八幡まつりは、1992年に国が「近江八幡の火祭り」として記録作成を求める民俗文化財に選びました。

文化庁のデータベースでは、名称は「近江八幡の火祭り」、区分は「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」で、選択は1992年4月25日です(文化庁「近江八幡の火祭り」)。重要無形民俗文化財(国の指定)とは別の区分です。説明には、3月の左義長祭りは旧城下(旧八幡町の66町)の人びとが伝え、宝永2年(1705年)以来の記録があり、明治8年以降に3月へ移ったとあります。公式は、県が1958年に選択し1991年に県の無形民俗文化財に指定したと書いています。

祭りの日の交通規制

左義長まつりの2日間は神社周辺に車で乗り入れられず、公式は公共交通機関を使うよう求めています。

2025年の公式告知では、15日・16日は「神社周辺への車の乗り入れと、駐車はできません」とし、神社境内の馬場は15日10〜20時と16日10〜24時に全車両通行止め、大鳥居前の大杉町通りも通行止めでした。公式のアクセスのページは、左義長の期間はバスを「小幡町(おばたちょう)資料館前」で降りるよう案内しています(日牟禮八幡宮「交通アクセス」)。2023年の公式告知は、日牟禮の左義長は「どんと焼き」ではないので、神札や守札のお焚き上げは受けないと書いています。

八幡まつり|4月14〜16日、14日20時から松明を奉火

八幡まつりは毎年4月14〜16日に行われる例祭で、14日の宵宮の20時から松明に火が付けられます。

公式の八幡祭のページは「毎年四月十四日に宵宮祭、翌十五日に本祭が行われる日牟禮八幡宮の例祭です」と書き、16日を間日(すでら渡り)としています(日牟禮八幡宮「八幡祭」)。14日は13時から子ども松明の奉火、18時30分に宵宮祭、20時から古例に従って順に松明を奉火します。15日は10時に例祭、16時から各郷の大太鼓の渡りがあり、16日は14時から須寺御旅所へのお渡り神事です。奉仕するのは市井・多賀・北之庄など十二郷です。

由来は応神天皇を松明で案内した伝え

公式は、275年に応神天皇が上陸したとき、7軒の家がヨシの松明で道案内したのが始まりと伝えます。

公式によると、応神天皇が南津田(今の津田干拓地)から上陸したとき、そこにあった七軒の家が「湖辺のヨシで松明を作り、火を灯して八幡まで道案内をした」と言い伝えられ、これが八幡祭の原型とされています。左義長まつりについては、安土から移った人びとが八幡まつりに加われず、代わりに始めたのが起源とも伝わると中日新聞が紹介しています(中日新聞 2026年3月12日)。

松明の数は資料で違う

松明の数は、公式が大小200本近く、文化庁が大小30本余りと書き、資料で大きく違います。

公式は「十メートルを超えるものも数本あり、祭礼と共にもってくる松明と併せて大小二〇〇本近くの松明を作ります」と書いています。文化庁のデータベースは、傘状の飾りを付けた大松明を中心に「大小30本余りの松明」が運び込まれると書き、近江八幡観光物産協会は「約30本のたいまつ」としています(近江八幡観光物産協会「八幡まつり」)。数え方の違いは確かめられなかったので、両方を出どころ付きで載せています。

年中行事|正月・節分・萬燈祭・菊花展と秋の奉納芸能

2つの火祭りのほか、正月三が日の行事、2月3日の節分祭、8月の萬燈祭、秋の菊花展があります。

時期行事公式に書かれている内容
1月1日新年報鼓・歳旦祭0時に新年報鼓、6時に歳旦祭
1月2日・3日初湯立神楽・元始御田祭2日10時、3日11時
2月3日節分祭19時と20時に豆まき
3月中旬の土・日左義長祭3月14・15日に近い土・日
4月14〜16日八幡祭14日20時から松明の奉火
8月15日・16日萬燈祭18時30分ごろ点灯、提灯1灯1,000円
10月29日〜11月19日(2026年)奉納大菊花展七五三の時期にあわせて開催
11月23日八幡山不動尊大祭9時に新嘗祭、13時に大護摩焚

表は公式の恒例祭典と各行事のページ、2026年9月3日の新着情報から写しました(2026年10月9日確認)。

正月三が日

元日は0時の新年報鼓と6時の歳旦祭で始まり、三が日は近所の協力で臨時駐車場が開かれます。

公式の正月行事のページは、1月1日0時に新年報鼓、6時に歳旦祭、2日10時に初湯立神楽、3日11時に元始御田祭と書き、「正月の三が日は、近隣所有者の御協力で、参拝者用の臨時駐車場が開設されます」としています(日牟禮八幡宮「正月行事」)。初詣の作法は初詣の時期とマナーにまとめています。

夏の萬燈祭

萬燈祭は8月15日・16日の夜に境内に提灯をともす行事で、提灯は1灯1,000円で奉納できます。

公式の萬燈祭のページは、8月15日の18時30分ごろに萬燈を点灯し、19時に奉告祭、21時に消灯と書いています。15日は奉告祭のあとに和太鼓、16日は盆踊りです。提灯の初穂料は1灯1,000円です(日牟禮八幡宮「萬燈祭」)。2023年は台風7号のため15日の萬燈祭を中止し、16日は例年どおり行ったと公式が告知しています。

秋の菊花展と八幡山不動尊大祭

2026年の奉納大菊花展は10月29日から11月19日までで、11月23日には八幡山不動尊大祭があります。

公式の2026年9月3日の新着情報は「今年の奉納大菊花展は、10月29日から11月19日まで開催されます」と書いています。七五三の時期にあわせた行事で、七五三の祈祷は10月・11月以外は事前に社務所へ連絡するよう公式は求めています(日牟禮八幡宮「七五三詣」)。11月23日は、八幡山の山頂付近に祀られる不動尊の大祭で、13時から大護摩焚が行われます。七五三の年齢と時期は七五三はいつ・何歳でにまとめています。

御朱印・お守り・ご祈祷|初穂料は公式に記載なし、ご祈祷は5,000円から

御朱印とお守りの初穂料は公式サイトに書かれておらず、ご祈祷は個人5,000円からと公式が書いています。

項目公式に書かれている内容出典
御朱印記載なし(サイト内に御朱印のページ・初穂料の記載なし)公式サイト全体
お守り・授与品各種御守・根付御守・ストラップ守・御申守(交通安全)・白羽の神矢と祈願絵馬・鳩笛と鳩土鈴。初穂料は記載なし公式「御守・授与品」
授与所の場所本殿に向かって左側公式「御守・授与品」
授与所の時間「8時から17時まで」(授与品のページ)/「午前8時半頃から午後5時まで」(よくある質問)公式「御守・授与品」「よくあるご質問」
ご祈祷料個人1人5,000円から、法人・団体1団体10,000円から公式「神前祈祷」
ご祈祷の受付8時半〜16時。個人は予約不要、団体は要予約公式「よくあるご質問」

表は2026年10月9日に公式サイトの全ページを確かめて作りました。

御朱印

公式サイトに御朱印の案内は無く、初穂料も書かれていないので、授与所で確かめるのが確実です。

当サイトは公式サイトの全ページとサイト内の「朱印」の検索で確かめましたが、御朱印の受付時間・初穂料・御朱印帳の記載は見つかりませんでした。検索上位の記事で初穂料を書いていたのは2019年の個人ブログ1本だけで、今の金額を示す資料はありません。御朱印のいただき方は御朱印のもらい方、御朱印帳の選び方は御朱印帳の選び方にまとめています。

お守り・授与品

公式は交通安全の御申守、白羽の神矢、鳩笛と鳩土鈴などの名前を載せていますが、初穂料は書いていません。

公式の「御守・授与品」のページには、各種御守・根付御守・ストラップ守・御申守(交通安全)・白羽の神矢と祈願絵馬・鳩笛と鳩土鈴が写真付きで載っています。鳩は八幡神の使いとされる鳥です(八幡神社とはの「お守りと鳩」の節)。初穂料は授与所で確かめてください。授与所の時間は公式の中でも8時と8時半の2通りの書き方があります(日牟禮八幡宮「よくあるご質問」)。

ご祈祷と七五三・お宮参り

ご祈祷は個人5,000円からで、8時半から16時まで予約なしで受け付けていると公式は書いています。

公式の神前祈祷のページは、ご祈祷料を「個人 一人当たり 5,000円 から 法人・団体 一団体当たり 10,000円 から」と書いています(日牟禮八幡宮「神前祈祷」)。よくある質問は「個人様のご祈祷の予約は行っておりません、受付時間(8時半から16時)に随時受け付けております」とし、団体は予約が要ります。お宮参りの流れはお宮参りの時期と流れにまとめています。

参拝時間・アクセス・駐車場|24時間参拝でき、車は神社前の馬場へ

門が無いので24時間参拝でき、車は神社前の馬場に止めると公式は書いています。台数と料金は書かれていません。

項目内容出典
参拝時間24時間(門が無いため)。日没までの参拝を勧める公式「よくあるご質問」
休日なし公式「よくあるご質問」
電車・バス近江八幡駅北口6番のりばから近江鉄道バス「長命寺」行き、「八幡堀」で下車公式「交通アクセス」
駅から歩く場合約30分公式「交通アクセス」
車名神高速道路 竜王インターから15km公式「交通アクセス」
駐車場(神社)神社前の馬場。満車は社務所へ連絡。台数・料金は記載なし公式「よくあるご質問」
駐車場(市営)小幡観光駐車場 普通車83台・500円、多賀観光駐車場 普通車43台(最大57台)・500円、9〜17時近江八幡観光物産協会

表は2026年10月9日に公式サイトと近江八幡観光物産協会のページで確かめました。

参拝時間と授与所の時間

境内は24時間開いていますが、公式は山のふもとで夜は暗いので日没までの参拝を勧めています。

公式のよくある質問は「当社には門が無い為、24時間参拝が可能です。但し、山の麓であり、夜はかなり暗くなりますので、日没までに参拝する事をお勧めします」と書き、「神社に休日はございません」としています。授与所は17時まで、ご祈祷の受付は16時までです。参拝の作法は神社の参拝方法にまとめています。

電車・バス

近江八幡駅北口から近江鉄道バスの「長命寺」行きに乗り、公式は「八幡堀」で降りるよう案内しています。

公式のアクセスのページは「駅北口より近江(鉄道)バス6番のりばから「長命寺」行きに乗車 「八幡堀」にて下車(下車直前に当社の大鳥居前を左手に通過します)」と書いています。停留所の名前は資料によって違い、近江八幡観光物産協会は「八幡掘八幡山ロープウェイ口下車」、乗換案内の停留所名は「八幡堀八幡山ロープウェー口」です。乗車時間は公式に書かれておらず、観光協会は約7分としています。時刻は近江鉄道バスの時刻表で確かめてください。

車と駐車場

車は名神高速道路の竜王インターから15kmで、神社前の馬場に止めます。祭りの日は止められません。

公式は「神社前の馬場に駐車して下さい。満車の場合は、社務所にご一報下さい。なお、左義長祭や八幡祭の際は、神社周辺に通行規制がかかりますので、公共交通機関をご利用下さい」と書いています。馬場の台数と料金は公式・観光協会のどちらにも書かれておらず、検索上位の記事では「約70台」「無料」「有料」と書き方が割れていました。近くの市営駐車場は、観光協会によると小幡観光駐車場が普通車83台、多賀観光駐車場が普通車43台(最大57台)で、どちらも500円・9〜17時です(近江八幡観光物産協会「駐車場」)。

八幡堀と周辺|重伝建と重要文化的景観に選ばれた堀が門前を流れる

神社の南を流れる八幡堀は、国の重要伝統的建造物群保存地区と重要文化的景観の範囲に入っています。

『日本歴史地名大系』は、八幡堀を城下をつくるときに鶴翼山のふもとに掘られ、琵琶湖と町を結ぶ「船入堀」として使われたと説明しています。文化庁のデータベースでは、重要伝統的建造物群保存地区「近江八幡市八幡」(商家町・13.1ha)が1991年4月30日に選定され(文化庁「近江八幡市八幡」)、重要文化的景観「近江八幡の水郷」が2006年1月26日に選定されています(文化庁「近江八幡の水郷」)。近江八幡市が文化庁に出した資料は、八幡堀が水郷の選定範囲に入ると書き、保存地区の説明で「日牟禮八幡宮周辺や水辺の緑」に触れています。神社の境内そのものが保存地区に入るかどうかは、今回確かめた資料には書かれていませんでした。

神社・八幡堀・バス停の位置(模式図・縮尺なし) 八幡山 ロープウェー 本殿・拝殿 楼門 馬場(駐車) 大鳥居 白雲館 八幡堀 バス停「八幡堀」 近江八幡駅 北口6番のりば→長命寺行き
出典:日牟禮八幡宮公式「交通アクセス」、文化庁「白雲館」、日本歴史地名大系。位置関係だけを示した模式図で、距離や向きは正確ではない。

八幡堀

八幡堀は豊臣秀次が八幡山城の城下に開いた堀で、白雲橋から明治橋のあたりは時代劇の撮影にも使われます。

近江八幡観光物産協会は、八幡堀を「琵琶湖の海上交通の要所として栄えた歴史を今に伝え、白雲橋から明治橋付近は時代劇や映画の撮影などにもよく利用されます」と紹介しています(近江八幡観光物産協会「八幡堀」)。市の資料によると、八幡堀は昭和40年代後半の市民運動で再生されました。2026年の八幡堀まつりは10月10日と公式が告知しています。

白雲館と八幡山

大鳥居の前には1877年に学校として建った白雲館があり、神社の裏の八幡山にはロープウェーで登れます。

文化庁のデータベースは、白雲館(登録有形文化財)を八幡東学校として建てられ「日牟礼八幡宮参道の鳥居前に位置し」と説明しています(文化庁「白雲館」)。神社の裏の八幡山は秀次の八幡山城の跡で、山頂付近には公式が書く不動尊が祀られています。観光協会が案内するバス停の名前に「八幡山ロープウェイ口」とあるとおり、ロープウェーの乗り場は神社の近くです。運賃と運行時間は運営会社の案内で確かめてください。同じ滋賀県の神社では、琵琶湖の湖中に鳥居が立つ白鬚神社も紹介しています。

よくある質問

Q. 夜でも参拝できますか?

A. 参拝できます。公式は「当社には門が無い為、24時間参拝が可能です」と書いています。ただし山のふもとで夜はかなり暗くなるので、公式は日没までの参拝を勧めています。授与所は17時、ご祈祷の受付は16時までです。

Q. 「日牟禮」と「日牟礼」、どちらの字が正しいですか?

A. 神社の正式な名前は「日牟禮八幡宮」です。公式は1966年に神社本庁の別表神社に加わったときに、この名前に改称したと書いています。辞典の『日本歴史地名大系』や文化庁のデータベースは「日牟礼」の字で載せており、読みはどちらも「ひむれ」です。

Q. 古いお札やお守りを左義長で焚いてもらえますか?

A. 受け付けていません。2023年の公式告知は、日牟禮の左義長は「どんと焼き」ではないので、神札・守札のお焚き上げは受けないと書いています。古いお札やお守りの返し方は、社務所に問い合わせてください(電話0748-32-3151)。

Q. 雨の日でも左義長まつりは行われますか?

A. 行われます。公式の左義長祭のページは「毎年三月十四、十五日に近い土日曜日(雨天決行)に行われます」と書いています。日程は年ごとに公式の恒例祭典のページで告知され、2027年は3月13日・14日です。

Q. 日牟禮八幡宮で神前結婚式はできますか?

A. できます。公式は「当社では、祭礼などがない日に限り、拝殿にて神前挙式を行っております」と書いています。日取りと料金は社務所に相談してください。

Q. 団体でご祈祷を受けるにはどうすればいいですか?

A. 団体は予約が必要です。公式のよくある質問は「団体でのご祈祷の際は予約が必要になるため あらかじめご連絡ください(0748-32-3151)」と書いています。ご祈祷料は法人・団体で1団体10,000円からです。個人は予約なしで、8時半から16時まで受け付けています。

まとめと参考にした一次情報

日牟禮八幡宮は近江八幡市の八幡宮で、公式は厄除開運の神様、近江商人の守護神と説明しています。

左義長まつりは3月14・15日に近い土・日(2027年は3月13日・14日)、八幡まつりは4月14〜16日です。御朱印とお守りの初穂料、駐車場の台数は公式に書かれていないので、授与所や社務所で確かめてください。八幡宮そのものは八幡神社とは、各地の神社はパワースポットの神社や富士山本宮浅間大社の記事、旅の計画は神社めぐりプランナー、近くの神社は近くの神社を探す、神社の一覧は神社を探すから見られます。

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