厄年の女性が「やってはいけない」と言われることのうち、民俗誌に記録が残るのは結婚と出産の2つだけです。引っ越し・転職・独立は1件も見つからず、家を建てることについては「厄年に新築するとよい」という逆の記録が2件ありました。当サイト(カンナビ)が2026年9月20日に神社庁・神社・寺院の公式ページ24件を開いて数えたところ、してはいけないことを挙げている社寺は0件でした。令和8年(2026年)に本厄となるのは、数え19歳が平成20年生まれ、数え33歳が平成6年生まれ、数え37歳が平成2年生まれ、数え61歳が昭和41年生まれです。
この記事でわかること
- 5項目の裁定: 結婚・出産・新築・引っ越しや転職・新しいことを始める、の5つを民俗誌の記録と社寺24件の記載の2軸で確かめます。答えは項目ごとに違いました。
- 結婚には記録がある: 6都道県の自治体史が、厄年に結婚を避けたと書いています。避けるための実務まで残っていました。
- 今も避けられているか: 令和6年の婚姻件数と出生数を1歳ごとに並べます。丙午の年には同じ集計がはっきり動きました。
- 厄払いの実務: 時期・初穂料・服装・妊娠中や産後・本人が行けないときを、24件の公式ページの実測で出します。
「してはいけない」と言われる5項目のうち、記録があるのは2つだけだった
民俗誌に記録があるのは結婚と出産で、引っ越しと転職は0件、家を建てることには逆の記録がありました。
【実測】当サイトが2026年9月20日に「厄年 女 やってはいけない」の上位10件を開いたところ、結婚・出産・新築・引っ越し・転職・独立をまとめて「避けたほうがよいこと」として並べていました。この5項目を1つずつ、①自治体が編んだ民俗誌に記録があるか、②社寺の公式ページに記載があるか、の2軸で当たりました。
| 言われること | 民俗誌の記録 | 件数と出典 | 社寺24件の記載 |
|---|---|---|---|
| 結婚 | ある | 6都道県の6自治体誌+厚生省1件 | 0件 |
| 出産 | 触れた記録が2件 | 『高根沢町史』(避けた)/『長野市誌』(大厄の理由) | 0件 |
| 家を建てる・新築 | 「避ける」は0件。逆の記録が2件 | 『多紀郡風俗調査』/『習俗雑記』 | 0件 |
| 引っ越し・転職・独立 | 見つからない | 当たった範囲に該当なし | 0件 |
| 新しいことを始める | 見つからない | 同上 | 0件(否定する社が2件) |
社寺は5項目のどれについても「してはいけない」と書いていません。民俗誌には、結婚と出産の記録が残っています。「全部だめ」でも「全部根拠がない」でもありません。年齢そのものを先に確かめたい方は女の厄年は何歳か(令和8年の早見表と数え年の出し方)をご覧ください。
社寺24件のうち、禁止を書いている社は0件だった
24件の内訳は、禁止を書く社が0件、決まりはないと明言した社が2件、やわらかく否定した社が1件、記載のない社が21件でした。
【実測】当サイトが神社庁4件・神社14件・寺院6件の公式ページを開いて数えた結果です。合計は24件で、内訳を足すと0+2+1+21で24になります。
| 書き方 | 件数 | 社寺 |
|---|---|---|
| 禁止を書いている | 0件 | — |
| 「決まりはない」と明言している | 2件 | 産泰神社/龍泉寺 |
| やわらかく否定している | 1件 | 門戸厄神 |
| 記載がない | 21件 | 残りの神社庁・神社・寺院 |
| 合計 | 24件 | — |
【公式仕様】産泰神社は見出しに「やってはいけないことはありません」と掲げ、「『新しい挑戦や大きな決断をしてはいけない』というわけではありません」「普段より慎重に物事を進めるよう心掛ける期間であると考えましょう」と書いています(産泰神社「厄年」、2026年9月20日取得)。
【公式仕様】龍泉寺は「絶対にしてはいけないことはありません」としたうえで、「厄年だからといって結婚や転職、引っ越し、住宅購入、独立、出産などの人生の大切な決断を諦める必要はありません」と書いています(龍泉寺「厄年・厄除け」、2026年9月20日取得)。24件のうち、結婚・転職・引っ越し・住宅購入・独立・出産を名指しで挙げたのはこの1件だけで、しかも挙げた目的は否定することでした。
24件が使う言葉は「慎む」で、何を慎むかは書いていない
共通して出てくるのは「慎んで過ごす」という言い方で、具体的に何を控えるかを書いた社はありませんでした。
【実測】東京都神社庁・明治神宮・春日神社(大田区)・神社本庁のいずれも、厄年を「忌み慎む年」「慎んで過ごす」と説明しますが、その先の行動を挙げていません。門戸厄神だけが「人によっては結婚、家の新築、新規事業、旅行をさけられる方もいますが、普通は健康や身辺に注意した方がよいでしょう」と書いており(門戸厄神「厄年について」、2026年9月20日取得)、避ける人がいることを認めつつ、勧めてはいません。
【公式仕様】神社本庁は厄年について「本来、厄年は長寿を祝う還暦(61歳)や古稀(70歳)などの年祝いと同じく、晴れの年齢と考えられていました」と書いています(神社本庁「厄祓い(厄除け)」、2026年9月20日取得)。禁止の年ではなく、節目を祝う年という位置づけです。
令和8年(2026年)に厄年の女性はどの生まれ年か
数え19歳は平成20年、33歳は平成6年、37歳は平成2年、61歳は昭和41年生まれが本厄にあたります。
生まれ年だけで引ける(数え年は元日で1つ増える)
数え年は元日で1つ増えるので、生まれた月日に関係なく生まれ年だけで引くことができます。
満年齢の欄は令和8年に誕生日を迎えたあとの年齢で、誕生日の前はこの欄より1歳若くなります。
| 区分 | 数え年 | 生まれ年 | 令和8年に迎える満年齢 |
|---|---|---|---|
| 前厄 | 18歳 | 平成21年(2009年) | 17歳 |
| 本厄 | 19歳 | 平成20年(2008年) | 18歳 |
| 後厄 | 20歳 | 平成19年(2007年) | 19歳 |
| 前厄 | 32歳 | 平成7年(1995年) | 31歳 |
| 本厄(大厄) | 33歳 | 平成6年(1994年) | 32歳 |
| 後厄 | 34歳 | 平成5年(1993年) | 33歳 |
| 前厄 | 36歳 | 平成3年(1991年) | 35歳 |
| 本厄 | 37歳 | 平成2年(1990年) | 36歳 |
| 後厄 | 38歳 | 平成元年・昭和64年(1989年) | 37歳 |
| 前厄 | 60歳 | 昭和42年(1967年) | 59歳 |
| 本厄(61歳を置く社のみ) | 61歳 | 昭和41年(1966年) | 60歳 |
| 後厄 | 62歳 | 昭和40年(1965年) | 61歳 |
【実測】この年齢と生まれ年の対応は、数え年で表を出している社寺の全件で一致していました。割れているのは年齢の選び方だけです。男性の厄年(25・42・61歳)は年齢の組み合わせが違うので、家族の分を調べるときは分けて見てください。
令和8年の数え37歳(平成2年生まれ)は、女性の本厄に加えて、12年に1度の廻り年(年女)と、九星の八方塞がり(一白水星)が重なります。石清水八幡宮は廻り年を「男女共通の厄年に当たる小厄」と説明し、間々田八幡宮は厄年と方位除けが重なる年を「八方厄除け」と呼んでいます(石清水八幡宮「ご祈祷」/間々田八幡宮「厄除け・方位除け」、2026年9月20日取得)。
満年齢で数える寺院があり、61歳だけ1年ずれる
川崎大師は表全体を満年齢で出し、佐野厄除大師は61歳だけを満年齢で置いています。
【公式仕様】川崎大師の厄年表には「この表は、今年の誕生日の年令(満年令)となっております」と書かれています(川崎大師「厄年について」、2026年9月20日取得)。佐野厄除大師は「男女 61 歳の厄年 (但し満年齢)」と書き、本厄を昭和40年生まれに置いています(佐野厄除大師「厄年早見表」、2026年9月20日取得)。数え年の社寺では本厄にあたる昭和41年生まれが、ここでは前厄になります。
61歳を女性の厄年に置くかは、24件で4通りに分かれる
女性の欄に置くのが12件、還暦とだけ書くのが1件、男女共通の枠に置くのが5件、置かないのが6件でした。
| 置き方 | 件数 | 社寺 |
|---|---|---|
| 女性の欄に厄年として置く | 12件 | 鶴岡八幡宮/大宮八幡宮/石清水八幡宮/住吉大社/太宰府天満宮/産泰神社/成田山新勝寺ほか |
| 「還暦」とだけ書き、厄の語を付けない | 1件 | 大阪府神社庁 |
| 男女共通の枠に置く | 5件 | 城南宮/西新井大師/佐野厄除大師/門戸厄神/川崎大師 |
| 女性に置かない | 6件 | 東京都神社庁(Q&A)/愛知県神社庁/寒川神社/八坂神社/鹽竈神社/明治神宮 |
| 合計 | 24件 | — |
【公式仕様】神社本庁も「女性が19歳、33歳、37歳(・61歳)とされ」と書き、61歳だけを括弧に入れています(同上)。同じ東京都神社庁のサイトでも、Q&Aのページは61歳を挙げず、人生のまつりのページは挙げます。61歳が厄年かどうかは、どこを見るかで答えが変わります。
「厄年に結婚してはいけない」は実在する言い伝えだった
群馬・東京・栃木・秋田・北海道・愛媛の6都道県の自治体史に記録があります。
【実測】ADEAC(自治体史の全文)、全国文化財総覧(県教育委員会の民俗調査報告書)、えひめの記憶で、厄年と結婚を結ぶ記述を探しました。北海道から四国まで6都道県の自治体誌に記録がありました。
| 都道県 | 資料 | 発行年 | 原文 |
|---|---|---|---|
| 群馬 | 『千代田村の民俗』群馬県教育委員会 | 1972年 | 「厄年には結婚をさける。(天神原)」「十九才は女の厄年で、二度縁になるから結婚するなという」 |
| 東京 | 『多摩市史』民俗編 | 1997年 | 「ただ、厄年の年には結婚しない」 |
| 栃木 | 『高根沢町史』民俗編 | 2003年 | 「年回りについては厄年のときには結婚は避け」 |
| 秋田 | 『鹿角市史』第4巻 | 1996年 | 「結婚などはこの年に当たらないようにした」 |
| 北海道 | 『函館市史』銭亀沢編 | 1997年 | 「結婚するのに男の二五歳、女の一九歳は厄年として好まれず」 |
| 愛媛 | 『愛媛県史』民俗 下 | 1984年 | 「男も女も厄年の時の婚礼は悪い(吉海町仁江)」 |
国の機関の刊行物にもあります。厚生省優生結婚相談所が編んだ『結婚と迷信』(国民優生聯盟、1941年)は「大切な結婚に厄年は避けた方がよいといふことになる」と書き、続けて「言葉の上で緣起をかつがれたものに相違ないのである」と、語呂合わせが理由だと説明しています(国立国会図書館デジタルコレクション、2026年9月20日取得)。
避けるための実務まで記録されている(足入れ・仮祝言)
厄年の前に先に同居して婚姻を成立させ、式だけを厄年から外す方法が記録されています。
『多摩市史』民俗編は「厄年・年回りなどの如何によっては、節分以前にアシイレを行うことをした」「嫁は婿方の家に寝泊まりすることで婚姻関係を成立させ、厄年・年回りの問題を解消しようとするもの」とあります。群馬県教育委員会の『高山村の民俗』(1979年)にも「厄年の前などに嫁になる人をつれて来る場合もあった」という記録があります(全国文化財総覧、2026年9月20日取得)。
愛媛県生涯学習センターの調査報告書『宇和海と生活文化』には、三崎町串で「20歳のときから交際が始まったが、男性の厄年が終わるまでということで26歳となった」という聞き書きもあります(えひめの記憶、2026年9月20日取得)。これらの記録では、避けるというのはやめることではなく、時期をずらすことでした。
確認できる記録はすべて明治以降で、今は薄れている
前近代の文献には厄年と結婚を結ぶ記録が1件も無く、市史は現在は薄れたと書いています。
【実測】当サイトが『古事類苑』方技部の「厄年」の項(208〜214頁)を全文で確認したところ、厄「年」と結婚を結ぶ記述はありませんでした(国立国会図書館デジタルコレクション、2026年9月20日取得)。江戸時代までの文献をまとめたこの資料に無く、確認できた記録はすべて明治以降のものです。
『函館市史』銭亀沢編は、厄年と丙午の記述に続けて「しかし現在はこのような厄年や干支へのこだわりはほとんどみられなくなった」と書いています。1997年の記述です。同時代の評価も同じ方向で、1906年の『女性の疑問』(三輪田元道 等著)では、市川源三が「まづ無益の迷信に御座候」と答えています。
なお、「厄年に結婚するとよい」「結婚すると厄が落ちる」という逆向きの記録は、ADEAC・全国文化財総覧・えひめの記憶・レファレンス協同データベース・国立国会図書館デジタルコレクション・J-STAGEのいずれにも1件も見つかりませんでした。
「出産してはいけない」「子どもが厄を落とす」はどちらの記録があるか
出産に触れた記録は2件あり、子が厄を落とすと言い切った記録は1件だけでした。
栃木の『高根沢町史』民俗編は「結婚や出産などの人生の節目になるようなことはこの年にはできるかぎり避けられた」と書いています(高根沢町史 民俗編、2026年9月20日取得)。もう1件は「避ける」ではありません。長野の『長野市誌』第10巻 民俗編は「とくに女の三三歳は出産と重なる時期なので大厄とされた」と、出産期との重なりを大厄の理由に挙げています(長野市誌 民俗編、同日取得)。
「子が厄を落とす」と書いた記録は柳田の1件で、本人が退けている
柳田国男が伝聞として書いた1件があるだけで、柳田自身がその読み方を退けています。
柳田国男『族制語彙』(日本法理研究会、1943年)の「ヤクオトシゴ」の項に「武藏川越あたりの村々には、もとは厄子は親孝行者だといひ、親の厄を落させてくれると謂つたといふ」とあります。ただし柳田は同じ文で「多分は實際に其子を棄てゝしまつたのであらう」と続け、その解釈を退けています(国立国会図書館デジタルコレクション、2026年9月20日取得)。
「女の子を産むと母親の厄が払われる」という言い方については、当サイトが当たった公的資料・学術資料に1件も記録がありませんでした(国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索9語、えひめの記憶「厄年 出産」5件の全件、ADEAC、レファレンス協同データベース、J-STAGE「厄年 出産」60件、2026年9月20日調べ)。
数の多い記録は逆向きで、生まれた子を一度捨てる儀礼だった
厄年に生まれた子を一度捨てて、拾い親に拾ってもらう儀礼が各地に記録されています。
柳田国男『産育習俗語彙』(愛育会、1935年)は「生れた兒をヤクゴと云ひ、此の厄子は箕に入れて道祖神前か、又は四辻などに捨てる眞似をする」と書いています。『愛媛県史』民俗 下にも「厄負けするとか、育ちが悪いといって捨て子にする風があった」とあり、群馬・東京・秋田の民俗誌にも同じ儀礼の記録があります。子が厄を引き受けてくれるという話ではなく、子のほうを案じる儀礼です。
肯定的に評価した記録もあります。埼玉の『宮代町史』民俗編は「母親が厄年で生まれた子はダイヤクでよいという」と書き、群馬の『高崎市東部地区の民俗』(1978年)は「厄年っ子は役に立つ、と言った」と記録しています。ただし前者はカタカナ表記で「代厄」か「大厄」か判別できず、どちらも「厄が落ちる」とは書いていません。
「引っ越し・転職」は0件、「家を建てる」には逆の記録があった
引っ越しと転職は民俗誌に1件も無く、新築はむしろ厄年にするとよいと書かれていました。
【実測】ADEACの横断検索(自治体史の全文)で「厄年 引っ越」「厄年 転居」はどちらも0件でした。全国文化財総覧のPDF全文検索では「厄年 新築」62件・「厄年 転職」1件などが当たりましたが、上位の民俗調査報告書を開いて確認したところ、厄年と建築・転居を結ぶ記述はありませんでした。えひめの記憶の「厄年」45件、レファレンス協同データベース、『古事類苑』方技部「厄年」の全文も同じ結果です。
文化年間に全国の風俗を問い合わせた『諸国風俗問状答』も確かめました。この調査は「棟上の事」と「わたましの事(移徙)」を厄年とは別の項目で問うていますが、両者を結ぶ回答はありませんでした。ここで言えるのは、この範囲では見つからなかったということまでです。
「厄年に新築するとよい」と書いた資料が2件ある
男性42歳の年に家や蔵を建てるとよい、という記録が明治と昭和の資料に2件あります。
私立多紀郡教育会が編んだ『多紀郡風俗調査』(1916年)に「又男四十二歲の時には何なりとも新築するがよいとて相應の生計を營むものは土藏などを造る所がある(八上)」とあります(国立国会図書館デジタルコレクション、2026年9月20日取得)。宮武省三『習俗雑記』(坂本書店、1927年)にも「豊前では四十二の歲を『ヨダメ』と言ひて家を建て」という記述があります。どちらも男性42歳の記録で女性の年ではありませんが、少なくとも「厄年に家を建てるのは悪い」の逆を書いた資料が実在します。
栃木の『湯津上村誌』(大田原市)のどんど焼きの記述では「前年普請をした家や、婚姻のあった家、新年になって厄年にあたる人がいる家では、いくらかのお金を祝儀(に出す)」とあります。普請・婚姻・厄年が、避ける対象としてではなく、同列の「区切りの出来事」として並んでいます。
建築を忌むのは三隣亡で、これは厄「年」ではなく厄「日」
家の建築を忌むのは暦注の三隣亡で、厄年とは別の系統です。しかも元は吉日でした。
世界大百科事典の「厄」の項(坪井洋文)は「厄日には…家屋の建築や旅立ちを忌む三隣亡」と、三隣亡を厄「日」に分類しています(コトバンク「厄」、2026年9月20日取得)。さらに岡山県立図書館のレファレンス事例(典拠は『年中行事大辞典』吉川弘文館、2009年)によれば「江戸時代の古い雑書では三輪宝とし、『屋立てよし、蔵立てよし』とされていたが、いつのころからか逆に解されるようになった」とあります(レファレンス協同データベース、同日取得)。建築を忌む話の出どころは、厄年ではなくこちらです。
民俗誌が禁止として書いているのは、まったく別のことだった
県史が忌むと書いているのは、同い年どうしで祝い合わない、一緒に飲み食いしないことでした。
『愛媛県史』民俗 下の年祝いの節には、津島町御槇の「アイドシ同士は祝いに行ったり、また贈答をしない」、中島町野忽那の「アイヤミを忌むといって、親子・夫婦の間でも…共に飲み食いをしない」という記録があります(えひめの記憶、2026年9月20日取得)。厄年どうしが重なることを避ける、という形の禁忌で、結婚や引っ越しとは話の筋が違います。
記録されている厄年の習俗は5つに整理できる
祈願・参拝、捨てる、神楽や弓祈祷、贈り物、大祝宴と共食の5つが記録されています。
どれも「しない」ではなく「する」ことです。女性33歳の厄落としとして、伊予三島市中之川には「正月元日の早朝に氏神へ参詣し祈願する。その帰りにはな緒を切った草履を捨ててくる。昔なら三三文のお金を一緒に落とした」という記録があります。捨てるものは男女で違い、「女は着物を脱ぎ捨て、別の着物に着替えてもどる」とも書かれています。
祝う側の記録のほうが厚い
厄年は避ける年であると同時に、親族が集まって祝う年としても記録されています。
秋田の『鹿角市史』第4巻は「厄払いは年祝と同一視されることもあり、女の三十三才の時は親兄弟で祝い、親は長着物・羽織など、兄弟は酒・魚のほか帯・反物などを贈った」とあります。同じ年が、避ける年でもあり祝う年でもあるというのが、記録に残っている姿です。
「厄年だから避ける」は今も起きているか(令和6年の実数)
婚姻も出生も満27歳・満30歳をピークに減り続け、数え33・37歳のへこみは出ていません。
【実測】厚生労働省の人口動態統計(令和6年確定数)の各歳別の表を、当サイトが数え年に読み替えて並べました。数え年の1つの年は2つの満年齢にまたがります。
| 満年齢 | 婚姻件数 | 出生数 | 厄年との対応(数え年) |
|---|---|---|---|
| 27歳 | 25,884件 | 36,028人 | — |
| 28歳 | 23,982件 | 43,059人 | — |
| 29歳 | 22,113件 | 50,904人 | — |
| 30歳 | 18,493件 | 53,409人 | 数え32(前厄) |
| 31歳 | 15,127件 | 52,610人 | 数え33(大厄) |
| 32歳 | 13,097件 | 52,046人 | 数え33(大厄) |
| 33歳 | 11,301件 | 49,088人 | 数え34(後厄) |
| 34歳 | 10,166件 | 46,244人 | — |
| 35歳 | 9,098件 | 42,941人 | 数え37 |
| 36歳 | 7,661件 | 37,996人 | 数え37 |
| 37歳 | 6,544件 | 32,417人 | — |
| 38歳 | 5,867件 | 27,035人 | — |
婚姻は満27歳から満40歳まで、出生は満30歳から満40歳まで1歳ごとに必ず減り、途中で増える年が1つもありません。大厄の年だけへこむという動きは起きていません。減り幅で見ても、満30歳から満31歳が799人減、満31歳から満32歳が564人減と、出生では大厄の前後がこの区間でいちばん減り方の小さい部分です。
婚姻の各歳表の合計は311,468件で、これは令和6年の婚姻総数485,063組とは別の数字です。各歳表は「当該年に結婚生活に入り届け出たもの」に限った部分集合(総数の64.2%)なので、総数と混ぜて構成比を計算することはできません。
丙午の年には、同じ集計がはっきり動いている
1966年の出生は女児が前年比26.2%減で、出生性比も105.3から107.6へ跳ね上がりました。
| 年 | 出生総数 | 男児 | 女児 | 出生性比 |
|---|---|---|---|---|
| 1905年(明治38) | 1,452,770人 | 735,948人 | 716,822人 | 102.7 |
| 1906年(明治39・丙午) | 1,394,295人 | 726,155人 | 668,140人 | 108.7 |
| 1907年(明治40) | 1,614,472人 | 818,114人 | 796,358人 | 102.7 |
| 1965年(昭和40) | 1,823,697人 | 935,366人 | 888,331人 | 105.3 |
| 1966年(昭和41・丙午) | 1,360,974人 | 705,463人 | 655,511人 | 107.6 |
| 1967年(昭和42) | 1,935,647人 | 992,778人 | 942,869人 | 105.3 |
1906年は男児がほぼ横ばい(前年比1.3%減)なのに、女児だけ6.8%減りました。1966年も女児26.2%減に対し男児は24.6%減です。丙午の言い伝えは丙午生まれの女性についてのものなので、集計の動き方が言い伝えの中身と一致しています。なお世界大百科事典の「丙午」の項(宮田登)は、この俗信に「合理的に説明できる根拠はまったくない」と書いています。
丙午のように言い伝えで行動が変わった年は、統計にこれだけはっきり出ます。その同じ集計に、女性の厄年の落ち込みはありません。「言い伝えでは人は動かない」のではなく、丙午は動かしたが厄年は動かしていない、というのが実数から言えることです。なお、厄年の年齢に死亡率の山があるかは厄年に統計の山はあるか(国の各歳別の実数)で別に検証しています。
そして2026年(令和8年)は、1966年から60年後の丙午の年そのものです。1966年生まれの女性は令和8年に数え61歳となり、還暦と、61歳を置く社寺では厄年とが重なります。
厄払いはいつ受けるか(節分を過ぎても遅くないと書く社寺)
元日から節分までを挙げる社が6件、通年で受けられると書く社が9件ありました。
【公式仕様】神社本庁は「いつまでに行う必要があるといった決まりがあるわけではありません」と書いたうえで、「可能な場合は1年のうちの出来るだけ早い時期が良いでしょう」と添えています(同上)。期限はありません。
【実測】元日(年始)から節分までを挙げたのは城南宮・間々田八幡宮・産泰神社・門戸厄神・龍泉寺・明治神宮の6件です。通年で受けられると明記したのは9件で、通年と書く社を広く数えると12件になります。時期を勧めることと、受付を絞ることは別です。
「節分を過ぎたから遅い」と書いた社は1件もない
節分を過ぎても遅くないと明言した社が3件あり、締め切りを設けた社はありませんでした。
【公式仕様】産泰神社は「節分までに厄除けを受ける風習は旧暦を前提とした考え方です。ご自身の都合のいい時期に行きましょう」、龍泉寺は「節分を過ぎたから遅いということではありません」「厄年だと気付いた時や、ご祈願を受けたいと思った時が良い機会です」、城南宮は「気付かれたときがご縁です」と書いています(各公式ページ、2026年9月20日取得)。
逆に、前年12月のうちに翌年の厄除けを受ける「幸先参り」を案内する社も2件(産泰神社・城南宮)ありました。城南宮は「人出の多い新年を避け、前もって12月のうちに参拝し」と理由を書いています。参拝先を決めるところからなら、氏神神社の調べ方から入るのが確実です。昇殿しての祈祷の流れは神社の参拝方法(手水から昇殿参拝までの手順)にまとめています。
予約は、不要または受け付けないと明記したのが13件、必要・推奨が3件、記載なしが7件でした。間々田八幡宮は三が日を除いて完全予約制、門戸厄神と龍泉寺は当日受付です。
初穂料はいくら包むか(金額を書く19件の実測)
いちばん安い階は3,000円から12,000円まで開きがあり、中央値は6,000円でした。
【実測】24件のうち金額を書いているのは19件です。下の表は、各社が出している金額のうち最も低い階を並べたものです。同じ社の中にも複数の階があり、全国一律の相場という数字ではありません。
| 最低額 | 件数 | 社寺 |
|---|---|---|
| 3,000円 | 2件 | 寒川神社/佐野厄除大師 |
| 5,000円 | 6件 | 鹽竈神社/春日部八幡神社/間々田八幡宮/川崎大師/西新井大師/龍泉寺 |
| 6,000円 | 2件 | 太宰府天満宮/城南宮 |
| 7,000円 | 4件 | 大宮八幡宮/春日神社(大田区)/産泰神社/成田山新勝寺 |
| 8,000円 | 1件 | 八坂神社 |
| 10,000円 | 3件 | 鶴岡八幡宮/石清水八幡宮/住吉大社 |
| 12,000円 | 1件 | 門戸厄神 |
| 記載なし | 5件 | 神社庁4件/明治神宮 |
| 合計 | 24件 | — |
金額は動く。値上げの告知が実際に出ている
2026年に入ってから、個人祈祷の初穂料を改定した社の告知が複数出ています。
香椎宮は2026年4月1日から個人祈祷を5,000円から7,000円へ、町田天満宮は同年10月1日から同じく5,000円から7,000円へ改めました。上の表は2026年9月20日時点の実測です。参拝前に各社の公式ページで確かめてください。
のし袋の書き方は、公式ページに書かれていない
表書きや包み方を決めた一次情報は、24件の公式ページに見つかりませんでした。
決まりがあるかは、受けに行く社寺にたずねてください。
服装に決まりはあるか(記載は24件中4件だけ)
服装に触れた社寺は4件しかなく、書いてある内容は決まりはないと正装を勧めるに割れます。
【公式仕様】八坂神社は「服装に関する決まりは特にございませんが、ご神前にふさわしいフォーマルな格好が望ましいです」、鶴岡八幡宮は「正装をお勧めします。軽装や裸足など礼を失する服装はご遠慮下さい」と書いています。一方で龍泉寺は「スーツや礼服でなければならないという決まりもありません。普段着でも問題ございません」としています。明治神宮は「参拝にふさわしい服装で」とだけ書いています(各公式ページ、2026年9月20日取得)。
神社本庁は靴下・ストッキングの着用を勧めている
服装の指定はないとしたうえで、昇殿するときの足元についてだけ触れています。
【公式仕様】神社本庁は「特に服装の指定はありませんが」と書き、続けて「靴下やストッキングの着用は心掛けましょう」としています(同上)。昇殿では靴を脱ぐので、ここだけは具体的です。残りの20件は服装に触れていません。迷ったときは参拝する社寺に確かめてください。
妊娠中・産後・贈り物──公式が書いていないこと
妊娠中や産後の厄払いについて書いた社寺は24件中0件で、判断の材料は公式にはありません。
【実測】当サイトが24件の公式ページを確認したところ、妊娠中・産後・授乳中・生理中と厄払いを結びつけて書いた社寺は1件もありませんでした。「生理」「月経」という語も出てきません。一般にこうされている、と言える一次情報が無いということです。
参考になるのは安産祈願の案内です。間々田八幡宮は「お参りは妊婦さんの体調が最優先です」、産泰神社は「お日柄にこだわらず妊婦の方のご体調にあわせてお受けください」と書いています。授乳室を境内に用意する社も2件あります。
本人が行けないときの受け皿はある
代理参拝を受けると明記した社寺が5件、郵送やオンラインでの祈祷が9件ありました。
【公式仕様】太宰府天満宮は「代参(代理参拝)もまた古来の風習です」と書き、門戸厄神は「その方の、住所、氏名、生年月日、願事で、御祈祷できます」としています。ほかに成田山新勝寺・石清水八幡宮・龍泉寺が代理参拝を受けます。郵送やオンラインでの申し込みを受ける社寺は9件ありました。
身内に不幸があったときは、忌中の目安を書く社が3件あります。太宰府天満宮は「五十日祭(または仏教の四十九日、もしくは納骨まで)を目安」、門戸厄神は「四十九日が明けたら大丈夫」としています。忌中以外に参拝を控えるとされる日については参拝を控えたほうがよいと言われる日にまとめています。
贈り物は、帯とうろこ模様に記録があり、七色には無い
33歳の女性に実家から帯を贈る習わしは4県に記録があり、七色の品は見つかりません。
愛媛・福岡・群馬・秋田の民俗誌に、33歳の女性へ里方(実家)から帯を贈る記録があります。群馬の『千代田村の民俗』には「やくどしおびといい、うろこの模様のついたおびがよいという」とあり、巻末索引に「厄年帯」の項目まで立っています。秋田の『鹿角市史』は「帯は長いので長生きに通じる」と理由を書いており、愛媛でも同じ説明が記録されています。
一方、「七色のものを身につけるとよい」については、門戸厄神が書いているほかに、公的資料・学術資料で当サイトが確認できたものはありませんでした。「七色」自体は民俗調査報告書に何度も出てきますが、夜泣き封じの七色菓子、正月のシメ飾り、七草粥の具材の数、家の建前の旗など、すべて厄年の贈答とは別の用途です(2026年9月20日調べ)。
厄年の年齢そのもの(男女共通の令和8年・9年の早見表)と、厄年に何が起こるかを統計で見た内容は、厄年は何歳?男女の早見表と社寺で割れる年齢にまとめています。
よくある質問
厄払いに行かなかった場合、家族への影響、代理、61歳の扱い、受ける回数、忌中について、本文で扱いきれなかった6つの質問に答えます。
Q. 厄払いに行かないと悪いことが起きますか。
A. 龍泉寺は「厄除けを受けなかったからといって、必ず災いが起こるわけではありません」と書いています。受けないと危ない、と書いた社寺は24件にありません。
Q. 厄年の家族と一緒に参拝すると、厄が移りますか。
A. 門戸厄神は「厄年だからこそ家族が協力し合って乗り越えていくものです。…厄をもらうということはないです」と書いています。
Q. 本人が行けないときはどうすればよいですか。
A. 代理参拝を受けると明記した社寺が5件、郵送やオンラインでの祈祷が9件あります。太宰府天満宮は「代参(代理参拝)もまた古来の風習です」と書いています。申し込みに必要な項目は社寺ごとに違います。
Q. 61歳は女性の厄年ですか。
A. 女性の欄に置くのが24件中12件、男女共通の枠に置くのが5件、還暦とだけ書くのが1件、置かないのが6件です。神社本庁も括弧付きで書いています。参拝する社寺の表を見るのが確実です。
Q. 前厄と本厄で2回受けてもよいですか。
A. 回数の決まりを書いた社寺は24件にありませんでした。神社本庁は時期についても「決まりがあるわけではありません」としています。
Q. 身内に不幸があったときは厄払いを受けられますか。
A. 忌中の目安を書く社寺が3件あります。太宰府天満宮は五十日祭または四十九日、納骨までを目安とし、門戸厄神は四十九日明け、産泰神社は50日間としています。
まとめと参考にした資料
「してはいけない」と言われる5項目は、まとめて否定することも、まとめて信じることもできません。
- 結婚を避けた記録は群馬・東京・栃木・秋田・北海道・愛媛の6都道県にある。避けるための実務(足入れ・仮祝言)まで残っている
- ただし前近代の文献に記録は無く、確認できるのは明治以降。函館市史は「現在はこだわりがほとんどみられなくなった」と書いている
- 出産に触れた記録は2件(避けたと書くのは栃木の1件)。「子が厄を落とす」は柳田国男の1件だけで、柳田自身が退けている
- 家を建てることには「避ける」の記録が無く、逆に「新築するとよい」が2件。建築を忌むのは三隣亡(厄日)
- 引っ越し・転職・独立は、当たった範囲に1件も見つからない
- 社寺24件に禁止を書く社は0件。内訳は「決まりはない」と明言2件・やわらかく否定1件・記載なし21件
- 令和6年の婚姻と出生の各歳に、数え33・37歳のへこみは無い。同じ集計で丙午の年ははっきり動いている
- 厄払いの時期に決まりは無く、初穂料の最低額は3,000〜12,000円。服装に触れた社は4件だけ
年齢そのものは女の厄年は何歳か、家族の分は男の厄年は何歳かで調べられます。参拝先から決めるなら氏神神社の調べ方と神社巡りプランナー、社の性格から選ぶなら神社属性の調べ方が使えます。
参考にした資料(いずれも2026年9月20日取得)
